先日、日本でも公開された映画「バービー」、そして日本未公開ながらも話題になっている映画「オッペンハイマー」。この両作品はアメリカで同日公開されました。その際に「2作品を観よう」と言う意図でファンが作ったハッシュタグ Barbenheimer (バーベンハイマー)が引き起こした騒動について、「通訳者の視点」及び「異文化コミュニケーションの視点」から、今回のブログでは少し言及したいと思います。(congerdesignによるPixabayからの画像)
ハッシュタグ
#Barbenheimer
日本では、2023年8月11日に公開された映画「バービー (原題 Barbie) 」
日本の公開週、2023年8月11日~8月13日の興行収入では 8位にランクインした注目の作品です。(興行通信社 presents CINEMA ランキング通信 より)
本作は、既に全米で5億260万ドル(約728億円)全世界で 11億ドル(約1594億円)の興行収入を記録。世界的にも注目を集める作品でもあります。
映画「バービー」は、アメリカでは2023年7月21日、映画「オッペンハイマー (原題 Oppenheimer) 」と同日に公開されました。
この同日公開された話題の2作品を観ようと言う意味で、ファンが作ったのがハッシュタグ #Barbenheimer (バーベンハイマー)です。
ところが残念なことに、このハッシュタグ #Barbenheimer がついた投稿によって、日本で炎上騒動が起きたことは皆様ご承知の事と思います。
- 原爆連想させる画像に「バービー」公式アカウントが好意的反応 米ワーナーが謝罪 (2023年8月2日 TBS NEWS DIG)
- 米ワーナー・ブラザース メッセージを削除し謝罪 (2023年8月2日 NHK NEWS WEB)
日本のマスメディアだけではなく、海外のマスメディアもこの問題を取り上げたことから大きな話題になりました。
- Barbie movie: Warner Bros sorry for replying to atomic bomb memes (1 August BBC)
- ‘Barbenheimer’ Isn’t Funny in Nuclear-Scarred Japan (Aug. 1, 2023 The New York Times)
この騒動については様々なメディアや人々が見解を寄せていますが、通訳者の目から見ても「異文化コミュニケーション」の難しさを感じさせる出来事でした。
謝罪方法の違い
このハッシュタグ #Barbenheimer の炎上に対して、まず日本の映画配給元であるワーナー・ブラザース・ジャパンが、7月31日 映画「バービー」日本公式X(Twitter)アカウントに声明を投稿。
続いて アメリカのワーナー・ブラザース社が、米エンタメメディア Deadline 他に対して、謝罪コメントを発表。炎上する元となったX(Twitter)の投稿も削除しました。
しかし、日本では「米ワーナー・ブラザース社は、自社Websiteや 映画の公式 X(Twitter)アカウントに謝罪を掲載していない。メディアに対しての謝罪コメントを出しただけでは、正式謝罪とは受け取れない」と言う声が上がりました。
- 「バービー」と原爆画像、米ワーナーが投稿を謝罪(2023年8月1日 日本経済新聞 ※コメント欄に日本経済新聞社 特任編集委員 による米ワーナー社の謝罪に対する見解が掲載されています)
- バービー原爆騒動、米ワーナーはなぜ「隠れ謝罪」を選んだのか PRのプロは断罪...企業が学ぶべき教訓は(2023年8月16日 J-CAST ニュース)
日本では企業及び企業に関連する組織や作品、人が問題を起こした場合、自社のメディア(Websiteやソーシャルメディア)等に、声明や謝罪等を掲載する事が正式な対応とされています。
ところが、アメリカではそうではありません、
映画「バービー」は、日本での騒動の前にベトナムとフィリピンで映画内に登場する地図が問題となり、ベトナムでは上映禁止となっています。
これについても 米ワーナー・ブラザース社のWebsiteには、プレスリリースや声明は掲載されておらず、コメントでの対応のみになっています。
- 「バービー」が東南アジア2カ国で物議…ベトナムでは上映禁止に(Jul. 21, 2023 Business Insider)
- Warner Bros defends 'Barbie' film's world map as 'child-like' (July 7, 2023 Reuters)
つまり「謝罪」の方法が異なるのです。
また日本のメディアでは米ワーナー・ブラザース社の「対応が遅い」と言うコメントが掲載されている記事もありましたが、コレは以前に本ブログでも紹介した「謝罪」に対する概念の違いも関係しているかと思います。
ジョークについての
考え方の違い
今回の騒動の元となったハッシュタグ #Barbenheimer が付いた投稿には、映画「バービー」と「オッペンハイマー」の登場人物をコラージュし、原爆を揶揄する様な画像が掲載されていました。
※ネット上で拡散され、話題になった文章や動画、ネタ画像 / コラージュ画像といったコンテンツ、または行動の事を、英語では Internet meme または memeと呼びます。
参考:【インターネットミーム】~1分で分かるキーワード #89(2023年4月20日 ソフトバンクニュース)
これに対して(けして良い事とは思いませんが)、日本側では「原爆投下をジョークにすることが、いかに非常識で配慮にかける事か」を分からせる為に、アメリカ同時多発テロの様子を映画「バービー」の世界観に併せて加工した画像を投稿。
しかし、この投稿は騒動に「火に油を注ぐ」事になりました。
- 映画「バービー」原爆ネタでTwitterが大炎上、でもアメリカでは「日本が悪い」という声多数で原爆に対する日米の温度差が露呈…更に他の問題でベトナムでは上映禁止に?(Aug 2 2023 iFlyer)
ネット上では、これら日本側の投稿に対して「9.11はアメリカ人でもネタにしてるジョークだから別に」「アメリカ人の怒らせ方を分かってないよね」等と言うコメントが飛び交いました。
確かにアメリカでは、日本では不謹慎と思われる行動ですが、センシティブな事柄でもジョークにして笑う文化があります。
また「何が不謹慎で配慮にかける事なのか」についての感覚も異なります。
これについて、お笑いコンビ、パックンマックンのパックンことパトリック・ハーラン氏は自身のX(Twitter)に下記見解を投稿しました。
アメリカ人は全体的に日本の方々より、危険なもの、実害を及ぼすものに対する「慎重さ」がない。例えば、スポーツチームの名前を見ればわかる。「津波」という名のプロサッカーチームもあれば、ホッケーには「雪崩」や「竜巻」、大学のアメフトには「ハリケーン」などもある
https://twitter.com/patrick_harlan/status/1691513950557655040?s=20
死亡者も含む大規模な災害を思い出すチーム名、日本では考えづらいけど、アメリカでは普通だ。フィクションの世界でも、アメリカンジョークではえぐい死に方がオチになることも多いし、派手な殺し方が映画の見せどころでもある。
弁解するつもりはないが、日本の基準からみれば、配慮が足りないのはきのこ雲の扱い方だけではない
パックン、映画「バービー」騒動の背景解説「配慮が足りないのはきのこ雲の扱い方だけではない」(2023年8月16日 日刊スポーツ)
また、日本や異文化についての動画を多数投稿しているYouTuber BrooklynTokyo さんも以下動画を公開しています。
この様に、ジョークにして良い事、悪い事の感覚の違いや、配慮に対する感覚の違いも、今回の騒動の原因の1つにはあると思います。
歴史観や教育の違い
今まで紹介してきた記事の中でも言及されていますが、第二次世界大戦時 広島と長崎に投下された「原子爆弾」に対する歴史観や教育は、アメリカと日本で大きく異なります。
- 「キノコ雲は非人道的」とならないアメリカの原爆観。識者に聞く、映画『バービー』と原爆ミームの背景(2023年08月01日 HUFFPOST)
しかし、昨今では海外からの観光客が 広島平和記念資料館 等に足を運び、実際に何が起きたか知ろうと言う動きもあります。
弊社代表であり、現役通訳者でもある右田アンドリュー・ミーハンは、長崎出身ですので「原子爆弾投下」についての記録や、歴史等は深く学んできました。
右田は「多くの人が 広島平和記念資料館の様な施設に訪れ、その惨劇に対しての理解を深めてくれることを願わずにはいられません。」と語っています。
#Barbenheimer は
アメリカ同日公開で
盛り上がる為のハッシュタグ
今回の騒動の元になったハッシュタグ #Barbenheimer は、冒頭にも書いた通り、アメリカで映画「バービー」と「オッペンハイマー 」が同日公開された事から、ファンが生みだしたハッシュタグでした。
つまり このハッシュタグは、アメリカで2作品の同日公開を盛り上げ、楽しみたい人向けのタグであり、アメリカでの常識、感覚、ジョークを用いて、皆がソーシャルメディアに投稿していたわけです。
いわば #Barbenheimer は、アメリカの映画ファンが盛り上がる為の「ハッシュタグ+投稿」でした。
しかし ご存知の通りソーシャルメディアは、世界中どこでも、誰でも見られます。
また、それらの投稿に映画のオフィシャル・アカウントが反応したとなれば、その投稿内容がどの様なモノであれ、オフィシャル・アカウントがその投稿を受け入れた=公式の見解として、世界からは見られます。
広島と長崎に原子爆弾が投下されたのは 8月。
映画「バービー」と「オッペンハイマー」の登場人物をコラージュし、原爆を揶揄した様な画像投稿に対して「忘れられない夏になりそうだ / It's going to be a summer to be remembered 」等とオフィシャル・アカウントが返信するのは、日本の観客やファンへの配慮に欠けた不適切な対応でした。
最近は、ソーシャルメディアの翻訳機能も向上し、投稿されたテキストの内容も大体わかる様になっていますし、画像であれば意図している事はテキストよりも明白です。
特にグローバルなコンテンツ等が対象の場合、今回は映画「バービー」だった訳ですが、その影響は計り知れません。
これはソーシャルメディアを利用する際に、よく言われる注意事項の1つですが「想像力を働かせて投稿する」と言うことの重要さを、改めて認識する出来事だったとも思います。
特に今回は想像力を働かせて、「異なる歴史観や意見を持った人々も目にすること」を想定し、投稿や反応をする事が大切だったのではないでしょうか。
バービー騒動「一歩立ち止まって想像力を」 デーブ・スペクターさん(2023年8月5日 朝日新聞)より
https://digital.asahi.com/articles/ASR855KKQR85PTIL00D.html
いまはスマートフォンやパソコンで、簡単に画像や映像を加工できる時代。考えなしに作られ、人を傷つけるものがインターネット上にあふれています。一歩立ち止まって想像力を働かせられるかどうか。今回、批判を浴びた制作者たちは一度、広島、長崎を訪れてみてほしいです。