2025年10月4日 第29代 自由民主党総裁に就任した高市早苗氏。彼女の総裁選所見発表演説会での「通訳」関する発言はご存知でしょうか?今回の記事では、この発言について簡単にご紹介しつつ、本ブログで過去にご紹介した警察や司法通訳に関する記事や情報などもご紹介したいと思います。
総裁選
所見発表演説会
2025年10月4日 第29代 自由民主党総裁 / President of the Liberal Democratic Party に就任した高市早苗氏。
9月22日に行われた総裁選・所見発表演説会での、高市氏の「通訳」に関する発言が注目を集めた事はご存知でしょうか。
外国人移民政策の厳格化についての話の中で、高市氏は「警察でも通訳の手配が間に合わないから、逮捕はしても拘留期間がきて、不起訴にせざるを得ないとよく聞きます」と発言。
10月3日の朝日新聞の記事(有料)「通訳が間に合わず不起訴」 高市氏の発言、捜査の現場はどうみたか では、この発言の真意について、高市氏の事務所が文章にて以下の様に回答しています。
「実際に不起訴になる事例が頻発しており問題だということを言いたかったのではなく、そういう話が『人口に膾炙(かいしゃ)する』くらい、国民の間に不安が広がっている、ということを言いたかったもの」「国民の今の不安に率直に向き合う、そうした誠意と正義を貫く政治を行いたい、そういう思いを込めた演説だった」
※膾炙(読み)カイシャ : 世の人々の評判になって知れ渡ること。
https://kotobank.jp/word/%E8%86%BE%E7%82%99-457489
つまり高市氏事務所の回答からすると、実際に「通訳に手配が間に合わず不起訴になる」事例が頻発しているのではなく、その様な話が人々の間で広まり、不安が高まっている事を問題視していると言う事でしょうか。
警察幹部、検察幹部ともに
「聞いたことがない」
では実際に「通訳が間に合わず不起訴」になる様な事はあるのでしょうか?
朝日新聞及び他のメディアの記事では、警察・検察幹部及び識者は「聞いたことがない」と回答しています。
「通訳が間に合わず不起訴」 高市氏の発言、捜査の現場はどうみたか (朝日新聞 2025年10月3日)より
警察幹部、検察幹部ともに「聞いたことがない」
容疑者が逮捕されてから起訴するまでは勾留期間を含めて最長で23日間だ。勾留しなくても任意の取り調べはできる。各地の捜査事情を知る警察幹部は「通訳は潤沢ではないが、取り調べができる期間中に通訳が接触できないという状況ではない」と話す。通訳不足で不起訴になった事例は「聞いたことがない」と言う。起訴するかしないかを決める権限を持つ検察内部でも同様の意見が聞かれた。地方の検事正経験がある幹部は「地方では希少言語の通訳確保に苦労することはある」としつつ、テレビ会議システムを使ったリモート通訳を活用するなどしており、通訳を確保できないという理由で「起訴すべき事案を不起訴にした事例は聞いたことがない」と言う。別の幹部も高市氏の発言は「あまりに根拠不明だ」と首をかしげた。
事件捜査の通訳制度に詳しく、自身も通訳として警察や検察の捜査に20年以上協力している名古屋市立大学の毛利雅子教授(法言語学)は「通訳が数時間見つからないということはあっても、勾留期間中、誰も見つからないとは考えられない」と話す。
毛利教授によると、例えば、容疑者が少数言語話者だとしても、英語やフランス語といった第2、第3言語の通訳を介して取り調べられる。少数言語の通訳が必要な場合も、東京など他地域から呼び寄せて対応しているという。
参考記事
- 自民党総裁選とファクトチェック 討論会発言はほぼ「正確」、話題のシカと外国人不起訴は【解説】(2025年10月3日 Yahoo Japan ニュース・日本ファクトチェックセンター)
- 自民党総裁選 高市氏「外国人、通訳間に合わず不起訴」発言 識者「実態と異なる」(2025年9月26日 毎日新聞・有料記事)
司法通訳
刑事・民事に関わらず、法律全般関わる通訳の事は「司法通訳」と呼ぶことが多いです。
刑事事件の場合、捜査及び警察や検察の取り調べ、そして裁判に容疑者として、または証人として、非日本語話者(日本語が母語でない人)が出廷する場合、司法通訳者が必要となります。
また、非日本語話者(日本語が母語でない人)が受刑者となった場合、刑務所での通訳も司法通訳者が行います。
さらに「犯罪=刑事事件」だけではなく、民事事件や民事調停の場合でも、非日本語話者(日本語が母語でない人)が関係する場合は、司法通訳者が通訳を行います。
民事事件や民事調停では、契約に関するトラブル等も対象となります。つまり雇用契約や居住に関する賃貸契約等も含まれます。居住に関する近隣とのトラブル(騒音やゴミ出し等)や、名誉棄損等も場合によっては民事事件の対象となる場合もありますし、離婚調停や家庭でのトラブルも民事事件の対象となります。
つまり「犯罪」「非犯罪」問わず、司法の場全般において非日本語話者(日本語が母語でない人)が関係する場合、司法通訳者が通訳を行います。
ミーハングループ代表で、現役通訳者でもある右田アンドリュー・ミーハンは、日本国内では東京地方裁判所 裁判所登録通訳者として法廷での通訳を務めている他、司法の言語を研究する 法と言語学会のメンバーとしても活動。
同学会の現会長であり、金城学院大学 文学部 英語英米文化学科 教授として、主にコミュニティ通訳、司法通訳の研究、および通訳翻訳教育に携わられている 水野真木子先生が書かれた「刑事手続きと通訳 その日本語、通訳を介して伝わりますか?」の、第2部 日本語の用語・表現と英語対訳・第1章 訳出困難な一般用語 監修も右田アンドリュー・ミーハンは務めています。
司法通訳者からの
こぼれ話
裁判所ごとに違いますが、東京地裁で私がよく担当するのは刑事事件や労働審判、それから大使館経由で依頼されるケースでは警察案件が多いです。
私は日英/英日通訳をしていますが、興味深い事に東京地裁では、アフリカ大陸の人のための通訳をすることが時折あります。
これは、日本語も英語も話せるアフリカの人は、日本語と英語を混ぜて(いわゆるチャンポン状態で)話す事が多いからです。この様なケースの場合、私は英語での発言部分だけを日本語に通訳します。
もちろん、この様な通訳スタイルは「英語だけを通訳します」と最初に裁判官に断りを入れ、彼らの承諾を得た上でのスタイルになります。
なぜこの様なスタイルで通訳するかと言うと、全ての発言を訳そうとすると整理する為の時間が激増するのと、公判記録がものすごくわかりにくくなるからです。右田アンドリュー・ミーハン
警察通訳人
司法通訳とは、民事・刑事に関わらず法律に関わる通訳全般を意味しますが、その中で、捜査など警察業務に関わる通訳の事は「警察通訳人」と呼びます。
通訳 | 先輩の声 | 令和7年度警視庁採用サイト(警視庁Website)
NHKにて2025年1月~3月・全9回に渡り放送されたドラマ「東京サラダボウル」では、この警察通訳人や警視庁通訳センターの様子が描かれていました。
本作はマンガ「東京サラダボウル ー国際捜査事件簿ー」(黒丸作・講談社・全5巻完結)を原作としたドラマで、東新宿署・国際捜査係の警察官・鴻田麻里(こうだ まり)を奈緒さん、相棒となる警視庁・通訳センターの中国語通訳人・有木野了(ありきの りょう)を、松田龍平さんが演じました。
このブログでは、2022年4月に漫画版を紹介。その際に「警察通訳人になる方法」等も紹介しました。
また2022年8月には「事件捜査や司法の場で活躍する通訳者の育成」に関する記事も掲載しています。
警察庁のWebsiteに掲載されている記事「訪日外国人・在留外国人の増加に対応するための基盤整備」によると、2025年4月現在、全国の都道府県警察で約4,200人が警察部内の通訳人として働いている他、民間の通訳人として約9,900人が確保されているそうです。
司法通訳
国内と国外の違い
弊社代表で現役通訳者でもある右田アンドリュー・ミーハンは、米司法省連邦捜査局嘱託言語学者(contract linguist monitor), 米司法省連邦刑務所局公認通訳士を始め、アメリカやイギリスの裁判所認定法廷通訳者としても活動しており、本ブログでも何度か国内外の司法関係の通訳についての事例を記事にて紹介してきました。
これらの記事でも紹介しましたが、例えばアメリカの場合、裁判所に常駐・勤務する通訳者がいます。
裁判所に常駐する通訳者は「スタッフ通訳者」と呼ばれおり、そのほとんどが「英語/スペイン語」の通訳者で、裁判所内での通訳全般はもちろん翻訳も担っています。
スタッフ通訳者になるには 国家試験 / federal certification に合格する必要があり、筆記と実技にて、試験は行われます。合格率は国連の試験と同じく約1割ほど。時には1割に満たない時もあるとか。
本記事・最初に紹介した高市早苗氏の総裁選における発言が事実か否かは別として、日本での司法に関わる通訳者の数はけして多くはありません。
裁判所に常駐する通訳者・翻訳者も居ませんし、扱う言語も多岐に渡っており、アメリカの状況とは異なります。また、日本では警察通訳人も含めた司法に関連する通訳/翻訳の、認定制度等は残念ながらまだ確立していません。
しかしながら、現状にあわせて遠隔通訳を導入するなど、様々な試みが行われているのも確かですし、通訳や翻訳の「質」についても、 一般社団法人 日本司法通訳士連合会/Japan Law Interpreter Association 等が、司法通訳士認定試験や司法通訳養成講座を実施するなど、司法通訳人の技能と地位の向上に努めています。
