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富士通のイギリス議会での証言 ~通訳者の視点から~

イギリスの郵便局で使用されていた会計システムの欠陥により、横領などの罪で郵便局長らが不当に訴追された事件で、システムを納入した富士通の幹部が 2024年1月16日 イギリス議会で証言しました。この件を中心に、今回はイギリスや海外における司法の場での通訳について、少し紹介したいと思います。

イギリスで起きた
史上最大の冤罪事件

イギリスの郵便局 / Post Office (郵便事業のうち窓口業務を引き受ける国有非公開会社)で使用されていた、富士通が提供した勘定系システム「ホライズン」の欠陥により、横領などの罪で郵便局長らが不当に訴追された事件が、今年に入って注目を集めています。

きっかけは、この事件を基にしたドラマ「ミスター・ベイツ vs ポストオフィス / Mr Bates vs The Post Office」が、英民放テレビ網 ITVで、2024年1月1日から4日連続で放映されたからです。

ドラマでは、元郵便局長らが無実を証明するまでの約23年に渡る闘いを描きました。

本作は2024年4月にアメリカの公共テレビネットワーク PBS でも放送されるとのこと。
MASTERPIECE to Air Mr Bates vs The Post Office (PBS)

1999年から2015年に起きた、900人以上の郵便局長が横領や不正経理の無実の罪で訴追された本事件は「イギリス史上最大の冤罪事件」や「ホライズン・スキャンダル」とも呼ばれています。

2019年12月にはロンドンの高等法院で、集団訴訟を起こした元民間郵便局長555人に対し、Post Office が5800万ポンドを支払うことで和解が成立。

その際に、判事は「富士通社員が提出したホライズンの欠陥に関する証拠の信憑性に重大な懸念がある」と検察当局に書類を送付。ロンドン警視庁は偽証の疑いで富士通元社員2人を事情聴取しています。

しかし、富士通ではこれまで誰も責任を問われておらず、被害者への補償金も一切支払っていないことから、本ドラマ放送後、欠陥のある会計システムを郵便局に納入した富士通に対し、補償金を支払うよう求める声が高まりました。

その結果、2024年1月16日に、富士通の欧州トップであるポール・パターソン / Paul Patterson 氏がイギリス下院のビジネス委員会で証言し、被害者に謝罪。

富士通株式会社 代表取締役社長で、日本経団連審議員会副議長でもある時田隆仁氏も、世界経済フォーラム(ダヴォス会議)に出席する為、訪問していたスイスで、本件について初めて公の場でコメントしました。

イギリスのベーデノック・ビジネス貿易相は富士通の時田隆仁社長あてに同社側と早期の面会を求める書簡を送ったと報道されています。

英ビジネス貿易相、富士通との面会求める 郵便局冤罪事件で―報道 (2024年01月18日 時事ドットコムニュース)

海外の議会 / 裁判での
司法通訳

今回は富士通の欧州トップであるポール・パターソン氏がイギリス議会にて証言しましたが、海外の議会で証言する場合や、裁判に出廷する場合、現地の言語が話せない、または言語や裁判等の状況に慣れていない人であれば、司法通訳を付ける事が出来ます。

議会の場合は、証言者側が通訳者を指名・連れてくる事ができ、裁判の場合も、指名の通訳者を申請すれば通る可能性が高いです。

これは日本の裁判の場合も同じで、指名した通訳者が要件を満たしていれば、裁判所に申請すれば通る事が多いです。

司法制度は、国によって大きく異なると言う事は余りありませんが、手続きが少し違ったり、証拠に関する調査の手順や区分(区分け)が異なる場合はあります。

また、たとえ英語を母語とする国であっても、法令の名称等は国によって異なったり、裁判で使われる表現も違ったりします。

ロンドン警視庁
スコットランドヤード

ロンドン警視庁が「スコットランドヤード / Scotland Yard 」と呼ばれる事は、良く知られています。

1890年にロンドン警視庁が2代目庁舎に引っ越した為、現在は「ニュースコットランドヤード / New Scotland Yard」と呼ばれているとの事。

しかし、なぜロンドン警視庁の事を「スコットランドヤード」と呼ぶのでしょうか。

スコットランドヤード(コトバンク・改訂新版 世界大百科事典)
 
本来はイギリスのロンドン市内の一地名であったが,現在はロンドン警視庁の別名として知られている。(中略)かつてイングランドとスコットランドが別の国であったころ,スコットランド国王や大使が,イングランド王室を訪ねたおりに泊まる屋敷があったために,スコットランドのヤード(囲い庭)という名がついた。

1603年以後,イングランドとスコットランドは1人の王の統治下(同君連合)となり,さらに1707年両国は合同したため,この屋敷は不要となり,政府所管となった。1829年,R.ピール内相のもとではじめて首都警察(すなわちロンドン警視庁)が設けられたとき,この建物を本拠とした。

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英語の説明はコチラ
Why is it called New Scotland Yard? How the Met Police got its nickname(21 MARCH 2023 The Standard)

因みに、なぜ「ロンドン警視庁」と訳されるのでしょうか?それを説明するには、まず日本の「警視庁」の意味を知る必要があります。

警視庁」とは、日本の首都である東京都内の警察署を束ねる「東京警察本部 / Metropolitan Police Department」を意味します。

つまり、ロンドン警視庁は首都(Metropolitan)警察であり、英語表記は Metropolitan Police Service になる為、日本語での訳語に「警視庁」が使われています。

なお、警察行政の中央機関は、日本の場合「警察庁 / National Police Agency」となります。

通訳者が必要とされる
司法の場

ミーハングループ代表 通訳者の右田アンドリュー・ミーハンは、東京地方裁判所にて通訳者登録をしていますが、以下海外の裁判所でも、裁判所認定法廷通訳者として登録をしています。

  • 米国:NY, NJ, DC, TX, FL 地裁等, 検事局 NY, NJ, DC等, 国際貿易裁判所等
  • 英国:ロンドン国際仲裁裁判所
  • スイス:スポーツ仲裁裁判所 (Tribunal Arbitral du Sport)
  • オーストリア:ウィーン国際仲裁センター
  • マレーシア:クアラルンプール高等裁判所

また、アメリカでは司法省連邦刑務所局公認通訳士、司法省連邦捜査局嘱託言語学者(contract linguist monitor)としても登録しています。

司法通訳者は、刑事事件の裁判のみを担当する訳ではなく、当然民事の裁判も担当します。また先述の様に議会証言の場などにも要請されれば参加します。

因みに、ミーハングループで1年間に手掛ける国際訴訟数(対アメリカ)は、訴訟の規模にもよりますが5~8件。特許侵害訴訟及び関連事案、契約不履行訴訟、反トラスト(価格操作)訴訟などが多いです。

また、警察の捜査現場や取り調べの際にも、司法通訳者 / 警察通訳人が立ち会う場合があります。

通訳者からの一言

アメリカ議会での証言の通訳を以前 担当したことがあります。

また、私が通訳を担当した訳ではありませんが、アメリカでの大規模リコール問題で、トヨタ自動車の豊田章男社長(当時)も米下院監督・政府改革委員会で開かれる公聴会に、北米トヨタの稲葉良睍社長(当時)と共に出席しています。

トヨタ自動車75年史
https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/text/leaping_forward_as_a_global_corporation/chapter5/section3/item1_a.html

司法及び警察捜査に関わる通訳は、守秘義務等がある為、詳細を話す事は出来ないのですが、緊迫した場で的確に相手の言っている事を訳すのは、非常に神経を使います。

議会や裁判所などの通訳は、発言者の一言一句を違えることなく訳す事が求められますが、例えば日本の場合、以前 当ブログで紹介した「付加疑問文」や「二重否定」等、独特の表現もあり、なかなか一筋縄ではいきません。

また、捜査や取り調べなどでは、言葉が乱暴になったり、物凄い早口で喋られたり、スラングや身内言葉(組織内のみで使われている言葉)等も飛び交う場合があります。

それらを短い時間で訳す事を求められたりするのですから、心臓に毛でも生えてないと務まらない場合も多いです。

右田アンドリューミーハン

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