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ドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」 ~通訳者の視点から~

ドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」の前編が、NHK総合他にて2023年12月16日放送されました。日本では「言語通訳」とは別のカテゴリーに位置づけされる事が多い「手話通訳」ですが、世界的に見ると「通訳」と言う1つの職種として認識される事が多いです。そこで今回は、聴覚障害に関連した英語表現や「手話通訳」についての情報等を、通訳者の視点から幾つかご紹介したいと思います。StockSnapによるPixabayからの画像)

デフ・ヴォイス
法廷の手話通訳士

2023年12月16日 22:00~ NHK総合・BSP4K にてドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」の前編が放送されました。

主人公である手話通訳士・荒井尚人を 草彅剛さんが演じられている他、橋本愛さん、松本若菜さん、遠藤憲一さん等が出演。

さらに、20名近い「ろう者・難聴者」のほとんど全ての役柄を、当事者が演じていることにも注目が集まっています。

デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士
【あらすじ】

仕事と結婚に失敗した荒井尚人。家族や恋人に心を開けないでいるのだが、生活のため唯一の技能を活かして就職活動をはじめる。その技能とは“手話”。彼は耳が聞こえない両親をもつコーダ(Children of Deaf Adults)だったのだ。

そして彼は手話通訳士として働くことに。 やがて仕事にも慣れ、新たな生活を送りはじめた尚人のもとに届いた依頼は法廷でのろう者の通訳。この仕事をきっかけに、尚人は自身が関わった過去のある事件と対峙することに。現在と過去、2つの事件の謎が複雑に絡みはじめる…

https://www.nhk.jp/p/ts/D6P3JWP8J7/

デフ・ボイスは、日本語では「ろう者の声」と言われる言葉で、英語の Deaf Voice が元になっています。手話や筆談、音声認識などの方法で「ろう者」が発する「声」を意味しています。

ドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」は字幕版にて放送、前編を見逃した方はアプリ・NHK プラスで12月23日23:13まで視聴が可能な他、NHK総合にて12月23日15:05~ 再放送もございます。

また、ドラマ予告及び前編ダイジェスト、ろう者・難聴者によるドラマ紹介 等の動画は YouTubeにて公開されています。

手話・ろう者監修、コーダ考証・手話指導、手話指導 の方々も加わり制作された本作の後編は、2023年12月23日 22:00~ NHK総合・BSP4Kで放送。

また Eテレにて 2024年2月4日/11日 15:45~ 手話つきでも放送されるそうです。

土曜ドラマ
「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」

  • 放送予定
    • 総合・BSP4K(字幕版)
      前編再放送
      2023年12月23日(土)
      午後3時5分~
      後編
      2023年12月23日(土)
      夜10時~
    • Eテレ(手話つき)
      前編
      2024年2月4日(日)
      午後3時45分~
      後編
      2024年2月11日(日・祝)
      午後3時45分~
  • 詳細
    https://www.nhk.jp/p/ts/D6P3JWP8J7/

英語で聴覚障害を
表現する場合

最近 英語では、ろう者の事は Deaf 、難聴者の事は Hard of hearing と表現される事が多いです。

10年くらい前までは Hearing impaired と表現する事が一般的でしたが、現在は、先天性のもの=生まれつきのものを「 Impaired=障害」と呼ぶのは、Diversity and inclusion / Diversity, Equity and Inclusion = それぞれ条件が異なる様々な人々が、公平に活躍できる社会 において相応しくないと言う理由で、使用を避ける傾向にあります。

実は先程「ろう者の声」として紹介した デフ・ヴォイス / Deaf Voice には、「ろう者からの公平な社会実現に向けた声(社会参加や権利保障の実現、偏見・差別の撤廃等の活動を含む)」と言った意味もあります。

ドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」でも、「ろう者・難聴者は手話等を通じ、聞こえる人とは異なる独自の文化の中で生きている」と言った内容を話すシーンがありました。

「独自」の文化や生き方を尊重し、誰もが等しく活躍できる社会を目指すのであれば、相手の特性を「障害」と呼ぶことは、確かに不適切なのかも知れません。

とは言え、人によって言葉の捉え方は様々です。

その為、特定の事柄 Deaf Voice Deaf Culture, Deaflympics 等以外、例えば 人に対して使う時などは、相手が「自分の事は デフ / Deaf と呼んでほしい」と言われたら使用する と言った注意や配慮は必要です。

Diversity and inclusion の意味を改めて考えた、弊社代表・通訳者の右田アンドリュー・ミーハンによるコラム「通訳者がレクチャー! 最新ニュースで学ぶ英語表現」は、以下リンクにてお読み頂けます。

第1回 ダイバーシティ&インクルージョン/Diversity and inclusion (Web版 通訳翻訳ジャーナル)

コーダ / CODA

ドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」の主人公である手話通訳士・荒井尚人はコーダ / CODA= Children of Deaf Adultsです。

コーダ / CODA とは「ろう者」「難聴者」の両親または一方の親をもつ「聞こえる子供」の事を意味します。

この言葉が世間に広く知られるきっかけとなったのは、2022年1月に日本でも公開された映画「コーダ あいのうた」ではないでしょうか?

現在 U-NEXT で配信中の本作は、耳が聞こえない家族と、その家族の「通訳」として生きる健聴者少女=ルビーの絆を描いた人間ドラマです。

※U-NEXT での「コーダ あいのうた」の配信情報は、2023年12月18日時点での情報になります。

主人公であるルビーが、コーダ / CODA である事から「コーダ あいのうた / 英タイトル Coda 」と言うタイトルになっています。字幕翻訳は 古田由紀子さんが担当されました。

因みに、きこえない・きこえにくい兄弟を持つ人のことは SODA = Sibling of a Deaf Adult 、配偶者の場合は SpODA = Spouse of Deaf Adult と呼ばれます。

「コーダ あいのうた」は、第94回アカデミー賞にて作品賞・助演男優賞・脚色賞の3部門を受賞。

父親役を演じたトロイ・コッツアー / Troy Kotsur さんは、アカデミー賞・助演男優賞受賞者としては、初のろう者としてとなりました。

※アカデミー賞受賞のろう者としては、1987年 主演女優賞を受賞したマーリー・マトリン / Marlee Matlin さんに続いて2人目になります。マーリー・マトリンさんは、本作「コーダ あいのうた」にも出演しています。

助演男優賞受賞の様子を伝える動画で、会場の人々がトロイ・コッツアーさんに対して両手をヒラヒラさせているのは、英語手話における「拍手」だからです。

またトロイ・コッツアーさんの手話による受賞スピーチは、手話通訳者が同時通訳で「音声」にして、会場や中継を見ている視聴者に届けました。

第94回アカデミー賞】助演男優賞は「コーダ あいのうた」トロイ・コッツァー!(2022年3月28日 映画.com)

なお、リアーナのパフォーマンスの手話通訳を務めたジャスティナ・マイルズさんが注目を集めた「第57回 NFL スーパーボウル」で、トロイ・コッツアーさんは、クリスチャン・ステイプルトンによる 国歌斉唱の手話通訳も務めています。

CODAが抱える
責任の重さ

「ろう者」「難聴者」の両親または一方の親をもつ 「聞こえる子供=コーダ」は、日本国内には、推計で約2万2000人いるとのこと。

ドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」でも描かれていましたが、「聞こえる子供」は環境的に「聞こえない親や家族」を手話などでサポートする事が当然と思われる他、子供では対応しきれない内容の「通訳」を求められる場合もあり、非常に大きな負担がかかる現状もある様です。

CODA(コーダ)親が聴覚障害の子 社会全体で支えるには(2023年9月25日 NHK 首都圏ナビ)

この CODA の問題は、以前 本ブログでもご紹介した 家族の言語サポートをする子供=家族の言語仲介者 /  Language Broker / Language Brokering Child Language Brokering  の問題とも共通する部分があると思いますが、いかがでしょうか。

手話通訳者
言語通訳者

英語で手話の事は sign-language 、手話通訳者のことは sign-language interpreter と言います。

手話は「世界共通」だと思われている方もいらっしゃると思いますが、実は世界共通ではありません。

ただ Deflympics 等で使われる「国際手話」と言うシステムはあります。

参考リンク:一般社団法人 日本国際手話通訳・ガイド協会

国際手話は「言語」ではなく、「言語を超えたコミュニケーション」を可能にする手話のシステムの事を指します。こちらの情報は、本記事公開後、ご指摘を頂きましたので、表現を一部修正、以下引用を付記させて頂きます。(修整日時 2023年12月19日)

Deaf Unity Website より 
The first thing to note is that there is no such language as ‘International Sign Language’ – the WFD and its member countries indicate that what is often called International Sign Language is not a language at all, preferring to refer to it as International Sign (IS).
Despite the WFD conferences being the place where IS is used most often and most extensively, all recognise that it is a an invented system of signing to allow ‘cross-language communication’ or ‘a translanguaging practice’.

https://deafunity.org/article_interview/international-sign-language/

手話は各言語や文化に結びついている為、日本には日本の手話があり、音声話者が英語を話す国であっても、イギリスにはイギリス手話、アメリカにはアメリカ手話、オーストラリアやニュージーランドにも、それぞれの手話があります。

そして、通常はそれぞれの国の手話を使ってコミュニケーションをします。

また、手話通訳者も日本語に対応した手話通訳者、アメリカ手話、イギリス手話 等 それぞれの手話に対応した通訳者が居ます。

手話通訳者は、各手話を音声言語に通訳したり、音声言語を手話に通訳します。(例:日本の手話→日本語音声 / 日本語音声→日本の手話)

こちらの内容も、本記事公開後にご指摘を頂きましたので、文章表現を修正致しました。ご指摘、誠にありがとうございました。(修整日時 2023年12月19日)

冒頭にも書きましたが、日本では「言語通訳」とは別のカテゴリーに位置づけされる事が多い「手話通訳」ですが、世界的に見ると言語通訳も手話通訳も、ある言語を別の言語に訳す「通訳」と言う1つの職種として認識されている事が多いです。

ドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」の前編を視聴しましたが、草彅剛さん演じる手話通訳士が果たす「通訳」の役割は、言語の通訳者が求められる役割と本質的に大きな違いはなく、やはり「手話通訳」も「通訳の一部である」と改めて認識しました。

弊社代表で通訳者の右田アンドリュー・ミーハンもメンバーである AIIC(国際会議通訳者連盟)には、2012年に国際会議も担当する手話通訳者 第1号が参加。

現在では、16言語の手話に対応する手話会議通訳者がAIICのメンバーとなっています。(残念ながら、日本の手話に対応する通訳者は現在未登録との事です。)

ライブ字幕制作者

グローバル企業などが開催する国際会議では、最近は会議通訳者はもちろん、手話通訳者、ライブ字幕制作者が居るのが、当たり前になってきています。

ライブ字幕制作者とは、話者が話した言語をそのまま字幕にする人の事を指します(例:英語をそのまま英語字幕にする)。

アメリカの場合、ライブ字幕制作者の多くは コートレポーター / Court Reporter つまり裁判所での速記者の方々が担う事が多いとの事。

彼らは速記の技術を習得するコースに通い、試験をパスした資格を持ってる人たちで、最近はコートレポーターと字幕制作、この2つの分野で活躍されています。因みに使用しているツールは速記向けの特殊なキーボードだそうです。

日本では まだまだ一般的ではないライブ字幕制作者ですが、早稲田大学 ダイバーシティ推進室では 学内の講演会やイベント等に聴覚に障がいのある方が参加される場合、ご希望があれば、主催箇所に対して手話通訳団体の紹介を行っている他、日本語でのPC文字通訳についても専門の団体へ依頼されているとのこと。

さらに、スチューデントダイバーシティセンター(SDC)障がい学生支援室では、授業のPC文字通訳支援も行っているそうです。

ツールは、筑波技術大学産業技術学部 産業情報学科 若月大輔教授 がシステム開発をした、ウェブベース遠隔文字通訳システム captiOnline (キャプションライン)を使用する事が多いそうです。

リレー通訳

本ブログの「リレー通訳」の記事では、言語だけではなく手話通訳者と言語通訳者が、リレー走と同じように手話と言語を繫いで通訳するケースも紹介しました。

手話は各国によって異なるので、以下の様なケースのリレー通訳が発生する場合もあります。

日本とアメリカの手話通訳による
リレー通訳・例

話者・日本語手話にてスピーチ ↓
通訳1・
日本の手話通訳者が日本語の音声言語に通訳 ↓
通訳2・
言語通訳者によって日本語から英語に音声通訳 ↓
通訳3・
手話通訳者がアメリカ手話に通訳

これに加えて現在では、言語通訳者とライブ字幕制作者によるリレーが行われるケースもあります。

ライブ字幕制作者を加えたリレー通訳・例

英語話者・英語にてスピーチ ↓
言語通訳者・
英語を日本語に訳す ↓
日本語ライブ字幕制作者・
日本語で字幕を製作

日本語話者・日本語にてスピーチ
言語通訳者・
日本語を英語に訳す
英語ライブ字幕制作者・
英語で字幕を製作


最近では、海外からの「日本語手話通訳者サービス」への問い合わせや、「英語のライブ字幕制作者」に対する問い合わせも増えてきており、異なる言語の橋渡しをする「通訳」や「翻訳」へのニーズも、テクノロジーの進化と共に、どんどん多様化してきています。

しかし「通訳」及び「翻訳」において一番大事なことは、双方の背景を充分に理解、バーバル・ノンバーバルも含めたコミュニケーションを意識し、言語だけに留まらない『文化・ビジネス・心の橋渡し』をすることだと、ミーハングループは考えています。

お客様のニーズに合わせながら、2024年も「心の橋渡し」ができる様、スタッフ一同 精進してまいります。

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