逮捕から58年を経て袴田巌さんの無罪判決が、2024年9月26日静岡地方裁判所で言い渡されました。日本のメディアも大きく報じたこの判決及び事件を、海外・英語メディアはどの様に報じたか、かいつまんでにはなりますが、通訳者の視点からご紹介したいと思います。
袴田事件とは
袴田事件とは、1966年6月30日に静岡県清水市の民家で、味噌製造会社の専務一家4人が殺害され、集金袋が奪われた上、民家が放火された強盗殺人・放火事件の通称になります。
当時 同味噌製造会社で働いていた袴田巌氏が容疑者として逮捕され、1980年 死刑の有罪判決が確定。
袴田氏は冤罪を主張し、死刑確定後の1981年から2度の再審請求を行い、2014年3月27日 静岡地方裁判所が再審開始と死刑及び拘置の執行停止を決定、東京拘置所から47年7カ月ぶりに釈放されました。
その後、静岡地方検察庁による東京高裁への即時抗告や、再審請求の棄却、同決定を不服とした弁護側の特別抗告等を経て、2023年 東京高裁は3月に静岡地裁の再審開始決定を支持。
同決定に対する検察側の即時抗告を棄却する決定を出し、東京高検がそれに対する特別抗告を断念したため、死刑確定事件としては戦後5件目となる再審が行われ、2024年9月26日の判決で無罪が言い渡されました。
袴田事件・事件の概要(日本弁護士連合会)
袴田巌さん 再審で無罪判決 裁判長“時間かかり申し訳ない”(2024年9月27日 NHK NEWS WEB)
袴田事件に対する
海外メディアの報道
袴田事件の無罪判決については、多くの海外(英語)メディアも注目、報道されました。
- World's longest-serving death row inmate acquitted in Japan (September 26, 2024 BBC)
- World’s longest-serving death row inmate acquitted in Japanese retrial(September 26, 2024 The Washington Post)
- Japanese man acquitted of 1966 murders after 45 years on death row(September 27, 2024 REUTERS)
- Former boxer who served world's longest sentence on death row speaks out after murder acquittal: "Finally I have won"( September 30, 2024 CBS/AFP)
報道で使われた英語表現
見出しも含めて、多く使われている言葉 acquitted は acquit の過去形になります。
from Cambridge dictionary
acquit verb
to decide officially in a law court that someone is not guilty of a particular crime:
日本の裁判所的に言うと、acquit は 審理した末、法廷が有罪としなかった場合を指すので「棄却」となります。
また見出しにある longest-serving death row ですが、death row は死刑囚を(まとめて)収容する刑務所の中の区画=死刑囚監房 のことを指します。
serving は serve の現在進行形で、日本では serve と言うと「飲み物や食べ物を給仕する」と言う意味や、「仕える, 奉仕する」と言った意味が知られています。
この「仕える, 奉仕する」は「服役する」と訳す事も出来ますが、この場合は(刑に)処される / 服すと訳すのが妥当でしょう。
また Serve は英英辞典で調べると他にも様々な意味がある事がわかります。一例として以下の様な意味もあります。
from Cambridge dictionary
serve verb (SPEND TIME)
to spend a period of time doing something:
これ以外にも、冤罪 / Baseless allegations, false accusations、再審請求 / Appeal (motion), motion for appeal, retrial 等の表現も使われています。
これらは日常的な英会話や、一般的なビジネスの場では登場する機会は余りありませんが、リーガル・ドラマ等を見ていると(内容にもよりますが)登場しますし、裁判に関する報道はもちろん司法通訳の現場でも使われる表現です。
検察官
Prosecutor
袴田事件を紹介する英語の報道には Lawyer / 弁護士と共に Prosecutor / 検察官, 検事, 検察 が何度も出てきます。
世界各国によって司法のシステムはそれぞれ違いがありますが、Judge / 裁判官 と併せて、刑事事件の裁判場合、この3者は大抵登場します。
因みに現在アメリカ副大統領で、次期大統領選 民主党 候補者でもあるカマラ・ハリス氏は、サンフランシスコ市郡地方検事から、カリフォルニア州司法長官を経て上院議員になった事でも知られています。
日本では、裁判官、検事、弁護士として法曹界で働く場合は 司法試験に合格し、1年間の司法修習を経て司法修習最終試験(司法修習生考試)に合格すると、判事補、検事又は弁護士となる資格が与えられます。
この仕組みも実は各国によって大きく異なります。法務省のWebsiteにはPDFにて諸外国における法曹養成制度の概要が掲載されています。
さらに、日本の検事の仕事内容やキャリア形成については法務省 Website 検事を志す皆さんへ で紹介されています。ご興味のある方はぜひチェックしてみて下さい。
以下動画では、アメリカの刑事事件裁判において、誰が司法制度において1番決定権(チカラ)を持っているかを紹介しています。
司法通訳者と検察
日本の場合、検察庁で通訳を務める場合は 各検察庁の募集要項を確認後、応募方法に従い応募し、面談等を経て登録する事になります。
例:東京地方検察庁/通訳人の募集
警察通訳人も含めた司法に関連する通訳/翻訳の認定制度等は、日本ではまだ確立していません。ですので、条件や求められるスキル、業務内容も様々です。
ただ、 一般社団法人 日本司法通訳士連合会/Japan Law Interpreter Association では、司法通訳士認定試験や司法通訳養成講座を実施するなど、司法通訳人の技能と地位の向上に努めています。
司法通訳・翻訳者の認定制度は、アメリカ、カナダ、ドイツ、オランダ等では実施されています。
ミーハングループ代表 通訳者の右田アンドリュー・ミーハンは、東京地方裁判所にて通訳者登録をしていますが、以下海外の裁判所や検事局でも、裁判所認定法廷通訳者として登録をしています。
- 米国:NY, NJ, DC, TX, FL 地裁等・検事局 NY, NJ, DC等・国際貿易裁判所等
- 英国:ロンドン国際仲裁裁判所
- スイス:スポーツ仲裁裁判所 (Tribunal Arbitral du Sport)
- オーストリア:ウィーン国際仲裁センター
- マレーシア:クアラルンプール高等裁判所
- ナイロビ:環境および土地に関わる事件を管轄する環境・土地. 裁判所(Environment and Land Court)
また、アメリカでは司法省連邦刑務所局公認通訳士、司法省連邦捜査局嘱託言語学者(contract linguist monitor)としても登録しています。
アメリカの場合、検事局 登録通訳者となるとダイレクトに検事から連絡があり、裁判はもちろん様々な現場で通訳する事が求められます。
例えば、事件にあった被害者が日本人であった場合、検察の取り調べに通訳者は同席しますし、検察が調査する際の現場が、日本人が管理/勤務する場所であった場合にも立ち会います。
ただし、検察官はそれぞれの事件を調査する事においてはプロフェッショナルですが、通訳者を挟んだ調査や取り調べに慣れている人ばかりではないので、無理難題を言われたり、異文化を理解しておらず被害者の言うことや心理、態度を理解しない場合もあります。
司法の場で通訳者は、公平である事、また「意訳」等をせず、相手が言った言葉をそのまま訳す事が求められますが、慣れていない検事にはそれが仇となる場合もある様です。
通訳者が体験した
裁判所 エピソード
2000年頃 アメリカでの話になりますが、Federal Court for the Southern District of New York / ニューヨーク南部地区連邦裁判所 の Interpreters Office から、通訳が必要との連絡を受けました。
場所は Red Hook Community Justice Center / レッド・フック地域司法センターと言う所。ニューヨークの治安の悪いところに、わざわざ注意もなしに行かせるわけないと考え、私は電車で行ったのですが とにかく遠かった。真昼間の2~3時頃に到着したのですが、地下鉄の駅出たらほとんど人が道を歩いていませんでした。
そのうち、中学生か高校生くらいの男の子3人と路上ですれ違ったのですが、その途端、頭の後ろにものすごい豪速球で、硬いリンゴを当てられました。通訳者が必要と言う弁護士とは、レッド・フック地域司法センターで待ち合わせをしていたのですが、その人は車で来たとの事。
地下鉄でココまで来たとを話したら、ビックリしていました。その当時はそれくらい治安が実はあまり良くない所だったのです。帰りはお陰様で、弁護士に車で送ってもらいましたが...
司法通訳をする場合、裁判所だけでなく、拘置所や刑務所、それからもちろん事件現場など、安全とは言い切れない場所に行く場合があります。
さらに本文でも紹介されていますが、司法の場で通訳者は相手が言った言葉をそのまま訳す事が求められますが、慣れていない検事や弁護士にはそれが仇となる場合もありますし、彼らの独特な話し方が訳しにくかったり、答える側の話し方の癖(発音や隠語の多様等)が強い場合もあるので、訳すのは一筋縄ではいきません。
それでも司法通訳は、人々の人生を左右する重要な仕事でもあるので、ミーハングループでは「使命感」と「緊張感」を持って対応しています。
ミーハングループ代表・通訳者
右田アンドリュー・ミーハン