言葉の表面上の意味だけでは、分かり得ない意味を持つ慣用句(Idiom)。世界各国 / 様々な言語に「慣用句」はありますが、今回は「シェイクスピア」から派生した英語の慣用句、そして日本語は「歌舞伎」から生まれた言葉をご紹介したいと思います。
慣用句
Idiom
そもそも慣用句とは、どの様な言葉の表現なのでしょうか?おさらいがてら辞書を引いてみました。
慣用句
https://kotobank.jp/word/%E6%85%A3%E7%94%A8%E5%8F%A5-49719
コトバンク・ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より
各言語に特有の言い回しで,その言語の慣用によって是認されているが,多くの場合,文法的・論理的意味とは異なる意味をもっているもの。イディオムともいう。
(中略)
苦労し努力するという意味での「ほねをおる」や撤退するという意味での give way (文字どおりには「道を与える」) のように構成要素の意味からだけでは理解できないものもある。
idiom / Cambridge Dictionary
https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/idiom
noun
a group of words in a fixed order that has a particular meaning that is different from the meanings of each word on its own:
つまり慣用句 / Idiom とは、表面上の意味=言葉通り / 文字通りの意味ではない意味がある表現であり、(その言葉を使う社会で)慣れ親しまれている表現であると言えるでしょう。
また、慣用句はその言語が使われている国や地域の文化や歴史、常識を大きく反映した表現とも言えると思います。
シェイクスピアの
作品からの慣用句
シェイクスピアの戯曲から派生した慣用句は、英語に多数存在します。そして、この慣用句は現代でも頻繁に使われています。
前回の本ブログ記事でもご紹介しましたが、弊社代表 通訳者の右田アンドリュー・ミーハンが通訳した大型訴訟絡みの会議で、シェイクスピアの有名な戯曲「真夏の夜の夢 A Midsummer Night's Dream」から引用した英語表現が使われました。
米国でおきた日本企業に対する訴訟についての会議で、代理人の弁護士がクチにしたのはシェイクスピアの戯曲「真夏の夜の夢」からの引用でした。
Now to 'scape the serpent's tongue, We will make amends ere long; Else the Puck a liar call; So, good night unto you all.
非常に有名な一説で訳も様々ありますが、このまま訳してもシェイクスピアを知らない人には理解されません。
大意としては「相手におとなしく従えば、難を逃れることができる」と言う事なので、状況に併せて「(会社のコンプランス他を立て直せと言っている)検察官に逆らわないで、きちんと言われたことをやっていれば、あとはうまくゆくはずです」 と訳しました。
右田アンドリュー・ミーハン
シェイクスピアの戯曲には様々な翻訳が存在しますが、神奈川大学大学院 言語と文化論集17号に掲載されている宗形舞さん執筆による『夏の夜の夢』における三つの文化の融合 ―妖精パックの役割― には、同表現の訳として
皆様のひんしゅくを買わなければこれ幸い。
http://www.gsfl.kanagawa-u.ac.jp/ronsyu/img/vol_17/vol17_02.pdf
今後も精進して参ります。
まもなくすべてがうまくゆきます
さもなくばパックを嘘つきとお呼びください。
それでは皆様、おやすみなさいませ。
(宗形訳)
と書いてあります。
serpent's tongue ヘビの舌がトラブル的なことを暗喩している事は想像できますが、それ以外の部分は作品を知らなければ全く想像もできませんし、そのまま訳しても「何がなんだか」な訳になってしまいます。
右田アンドリュー・ミーハンは、蜷川幸雄氏が演出したシェイクスピア戯曲のリサーチに関わった事もあり、シェイクスピアの作品は大体把握しています。
ですので、 Now to 'scape the serpent's tongue... が会議で引用された際にも、ストーリーを思い出しつつ訳すことができ、上手くいったと話していました。
参考リンク:Stage Director Conor Hanratty Website / Shakespeare in the Theatre: Yukio Ninagawa Hardcover – March 5, 2020 Conor Hanratty (著)
この他にも、シェイクスピアの戯曲の表現を使った英語の慣用句は多数あります。以下のWebsiteでも紹介されているので、この年末年始、チェックしてみるのはいかがでしょうか?
- The Shakespeare Birthplace Trust website
Shakespeare's Phrases - INSIDER
13 everyday phrases that actually came from Shakespeare
歌舞伎から
派生した言葉
さて、日本語にも様々な慣用句がありますが、今回はシェイクスピアに絡めて、歌舞伎から派生した言葉や表現をいくつかご紹介したいと思います。
有名なところでは「十八番・じゅうはちばん」。「おはこ」とも言われるこの言葉は、得意なことを意味しますが、これも歌舞伎から派生した言葉です。
歌舞伎十八番
https://kotobank.jp/word/%E6%AD%8C%E8%88%9E%E4%BC%8E%E5%8D%81%E5%85%AB%E7%95%AA-46221
コトバンク・株式会社平凡社世界大百科事典 第2版
7世市川団十郎が制定した18の演目をいう。7世団十郎は,1832年(天保3)3月に長男の海老蔵に8世団十郎を襲名させ,自身は海老蔵を名のると発表したときに配った刷り物に,初めて〈歌舞妓狂言組十八番〉と題して18種の名目を掲げた。
その後,40年の《勧進帳》初演に際し〈歌舞伎十八番の内〉と口上看板に明記した〈十八番〉を〈おはこ〉と呼び,得意芸の意にもつかわれるようになったが,なぜ18の数に決めたかは明らかでない。
これ以外にも「見得を切る」や「捨て台詞」「裏方」など、日常的に使われている表現で、歌舞伎から派生した言葉や慣用句は沢山あります。
通訳者の事を、よく「(言葉の)黒衣 / 黒子 = くろこ」などと呼んだりしますが、この「黒衣 / 黒子」も歌舞伎由来の言葉になります。
インターネットで検索すると様々なサイトが紹介していますので、チェックしてみるのも面白いかも知れません。
参考サイト:歌舞伎由来の言葉がいろいろ! ドロン、差し金、黒衣など (All About 2021年02月02日)
併せて歌舞伎を紹介する英語の動画などで、歌舞伎にまつわる英語表現を勉強するのも、お勧めです。
TED Edの 歌舞伎—庶民の舞台芸術 は、歌舞伎の歴史を英語で紹介。日本語字幕も設定で選べます。
それにしても、シェイクスピアや歌舞伎から生まれた言葉の多いこと。これは当時 舞台でのお芝居が人気の娯楽、今でいうポップカルチャーだったからこそ、言葉がこんなに沢山生まれたとも言えると思います。
この様に言語表現を知る事は、その国の常識はモチロン、文化や歴史を知る事にも繋がるんですね。