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ジョーク・スラング・身内言葉・ポップカルチャー ~通訳者の苦労話 その3~

言葉は一般的な意味だけではなく、時にその言葉の裏側にある背景を知らないと、相手の言っていることが分からない場合があります。それは通訳者も同じこと...今回は「通訳者の苦労話 その3」として、ジョーク、スラング、身内言葉、そしてポップカルチャーにまつわるエピソード等をご紹介します。

冗談・ジョーク

通訳者が通訳に困るケースの筆頭は「冗談」「ジョーク」です。

オヤジギャグと呼ばれる冗談やジョークを思い浮かべて頂くと分かりやすいですが、言葉の「音」にかけているジョークは非常に訳しづらいです。

例えば「布団が吹っ飛んだ!」これは「フトン」と「フットンだ」の音の掛け合わせで、相手を笑わせるジョークです。

布団は英語でも Futon と言われる場合もあるので、日本の文化に精通している人が相手なら「音」で察して笑ってくれるかも知れませんが、そうでない場合「布団」とは何か、どこがおもしろいポイントか説明している内に場がシラけてしまう場合もあります。

言葉遊びや音の響きの面白さだけではなく、ジョークや冗談は常識や文化を共有していないと、どこが笑うポイントかわからない場合も多いです。

例えば有名なコメディアンのギャグを引用したり、有名な言葉を言い換えて冗談にしても、そのコメディアンや、言葉を相手が知らなければ笑う事は出来ません。

志村けんさんの「アイィーン」を真似してみても、相手が志村けんさんや、このギャグを知らなければ、奇妙な動作としか映りません(それで可笑しみを感じてくれる場合もありますが)。

ナイキの有名なスローガン Just do it をもじって、会議などで発言したとしても、相手がナイキやそのスローガンを知らなければジョークとはわからないでしょう。

ミーハングループ代表 通訳者の右田アンドリュー・ミーハンは冗談やジョークを訳す経験について、以下の様に話しています。

現在は、相手にもわかりやすいジョークであれば通訳をしますが、経験の浅い頃は、真面目に対応しおうとしすぎて「しどろもどろ」になっていました。

ギャグや言葉遊び的な突発的に出てくる冗談や、コンテクストを共有していないと分かりにくい(訳しにくい)冗談については、現在は「通訳不能なジョークですので、笑ってください。」と言って対応しています。

これは外交通訳でも学ぶ、正当なジョークの通訳/回避方法です。

右田アンドリュー・ミーハン

イメージの共有が
必要な言葉

ハッキリとした「定義」がある訳ではないけれど、多くの人がなんとなくイメージを共有している言葉も訳しにくい言葉に該当します。

例えば日本語の「大和魂」。これを理解するには、まず日本は昔「大和国」と呼ばれていた=大和とは日本のことを意味すると言う認識が無いと、大和=日本とはなりません。

さらに日本史、日本文化を深く理解してないと「大和魂」が持つ意味をイメージする事は難しいです。明確な定義がある言葉ではありませんから。

もちろん直訳(例えば Yamato spiritsSoul of Yamato, Japanese spirits 等)もできますが、直訳するとカタカナ英語を日本人が耳にするのと同じで、意味わからなかったり、しっくりこなかったりする訳出にしかなりません。

また、時間をかけて説明する事も出来ますが、会議や商談などの場で「大和魂」がメインの話題ではない場合、その説明に長く時間を割く事は困難です。

そう言う場合は、相手が「大和魂」に込めた意味に近いニュアンスの言葉を探してあてはめたり、単にスキップして訳す場合もあります。

スラング・身内ことば

通訳者が困惑する場の1つに、スラング Slang が飛び交う法廷があります。

裁判の種類にもよりますが、例えば、薬物所持事件などで被告側が話すのは、法の裏の世界の人々が話す言葉が大半で、スラングや仲間内しかわからない言葉=身内ことばが多く、会議などの案件を通常手掛けている通訳者だと理解できない言い回しも多数出てきます。

因みに「身内ことば」の「身内」は、グループの人数や規模にもよりますが、英語では in-group と表現される事が多いです。身内でない人達のことは out-group 。この言葉はスラングではありません。

in-group / Cambridge dictionary
noun
a social group whose members are very loyal to each other and share a lot of interests, and who usually try to keep other people out of the group

in-group / American Dictionary
noun
a social group whose members share interests or characteristics that people outside the group do not share

https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/in-group

スラングや身内言葉を理解する為には、刑事ものと呼ばれる、裏社会の人々等も出てくるドラマを観たり、ストリート・カルチャー満載の雑誌や番組をチェックしたりする必要があります。

また、最新のポップカルチャー(サブカルチャー)をチェックできるシチュエーション・コメディ(sitcom)なども参考になります。

東京地裁では、法廷通訳セミナーは通常2日間開催され、裁判官も4~5人参加。法廷通訳者になるには3~4つのセミナーを履修しなければなりません。

弊社代表の右田アンドリュー・ミーハンは、東京地裁の法廷通訳者として登録している為、講師等にてこのセミナーに参加することもありますが、裁判官から「ポップカルチャーやスラング、身内言葉にもっと強い法廷通訳者が必要」と指摘される事が多々あるそうです。

隠語

薬物所持事件などでは、違法な薬物の呼び名が隠語 Jargon になっていたり、薬物の密輸・輸入が隠語で表現されたりします。

jargon / Cambridge Dictionary
noun
special words and phrases that are used by particular groups of people, especially in their work:

jargon / American Dictionary
noun
words and phrases used by particular groups of people, esp. in their work, that are not generally understood:

https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/jargon

また、薬物の使い方にからむ表現などは隠語はもちろん、曖昧な、普通に聞いたら何のことかわからない表現で話される事もあります。

これは違法薬物関係だけではなく、組織的な犯罪集団でも同じ事が言えます。

暴力事件では、肉体的な暴力だけでなく、精神的に相手を傷つけたり追い詰める暴力もありますが、それらを表す隠語も多様かつ速いスピードで変わりますし、国や地域によっても異なる場合もあります。

こう言った身内言葉や隠語による表現の複雑さに加え、被告や被害者、犯罪に関係した人や証言者が法廷で話す場合、緊張したり、不安な気持ちもあってか、感情的になりやすかったり、早口になる場合も多く、法廷通訳の複雑度が増す場合も多いそうです。

ポップカルチャー

スラング・身内言葉でもご紹介しましたが、現在ポップカルチャーは多くの事柄に大きな影響を与えています。

もちろん「言葉の表現」や「話題」も例外ではありません。例えば有名人のインタビューや会議などでもポップカルチャーに関連した表現や話題は当たり前の様に出てきます。

実際にあった
エピソード

歯科医師団体の世界的カンファレンスが日本で開催された時、多くの優秀な医療通訳者も通訳を行う為に参加しました。

有難い事に私にもお声がけ頂きましたので、通訳者として参加。専門用語が飛び交う歯科医療に関連する会議の通訳を何とか務めました。

そのカンファレンスの閉会イベントには、インスピレーションスピーカー=仕事への意欲を掻き立てるための話をする有名人として、ある元野球選手がゲストとして呼ばれていました。

大きなカンファレンスなどでは、この様なゲストを開会、または閉会時に呼ぶことが良くあります。

ゲストとして呼ばれた日本人の元野球選手は、スピーチの中で自分が小さかった頃の話をし、その時に憧れたキャラクターやエピソードとして「巨人の星」等のマンガの話も沢山しました。

彼としてはマンガは現在、日本を代表するポップカルチャーだからと思って「マンガのエピソード」をあえて話したのかも知れません。

しかし会場にいる通訳者の多くは医療に精通した通訳者でしたので、マンガやポップカルチャーには詳しくなく、彼が話している事を上手く訳す事が出来なかったのです。

専門外の話ですから仕方がないのですが、参加した海外からの方々は通訳ブースのある後ろを振り返って「(それまでの専門用語が飛び交う通訳をスムーズに行っていた通訳者が言いよどむとは)何が起きてるのか」といぶかしがっていました。

私は子供の頃からマンガが大好きでしたので、お陰様で訳すのに大して苦労する事もありませんでしたが。何が身を助けるかはわからないものですね。

右田アンドリュー・ミーハン

これ以外にも、ブログ担当者が実際に目にしたエピソードとして、発音が異なるキャラクター名でのミスがあります。

とあるアート系イベントのQ&Aのコーナーにて「日本のポップカルチャー、例えばアニメやマンガは好きか?」と、海外からのゲストに対して日本人参加者が質問しました。

ゲストはジブリアニメが好きだと回答し、好きなキャラクターとして風の谷のナウシカ Nausicaä of the Valley of the Wind の「ナウシカ」を上げました。

ところが「ナウシカ Nausicaä 」の発音が日本語と異なっていた為、通訳者は聞いたまま、そのままの音として「ノジカさん」と訳してしまいました。

しかしイベントに参加した人々は話の前後から、それは「ノジカ」ではなく「ナウシカ」だと即座の判断できたので、客席から通訳者に「ノジカではなくナウシカですよ」と突っ込みが入ると言う事態が発生しました。

それで大問題になる事はありませんでしたが、そのイベントは美術系/学術的イベントだった為、通訳者はもしかしたらジブリアニメや「ナウシカ」を知らなかったのかも知れません。

ある種の身内言葉

ポップカルチャーは、世代や日頃 触れているメディアによって知識や認識が左右されますから、ある種 身内言葉的な要素もあるかと思います。

しかし、ポップカルチャーと言えるかは微妙ですが、例えば会議などでシェークスピアから引用句が登場する場合もあります。

右田アンドリュー・ミーハンが通訳した大型訴訟絡みの役員会では、シェークスピアの有名な戯曲「真夏の夜の夢 A Midsummer Night's Dream」からの引用を多用した発言に、パートナー通訳が目を白黒させた為、急遽交代したと言うケースもあったそうです。

また広告業界や、アパレル・ファッション業界の会議などでも、ポップカルチャーを例にするケースは良くあるとのこと。

GOOGLEやAMAZONなどのIT企業や FINTECH(FINANCE+TECHNOLOGY)などの最新会議でもポップカルチャーの話題は良く出てくるそうです。

以前通訳で参加したFINTECHの会議で、マーベルコミックの「ブラックパンサー」から「ヴィブラニウム」の話が出てきました。その時のメインの話題はビットコインでした。

ヴィブラニウム Vibranium とは、マーベル・コミックや映画に登場する架空の金属のことです。

ビットコインは新しい暗号資産であって、それを「未知の商品・財産 等々」と言う感じで説明する為の比喩として「ヴィブラニウム」が使用されていました。

またIT企業の会議では、達成目標の比喩として5つのインフィニティストーンを使用。「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」に登場した最強の敵 サノスのガントレットの話も出ました。

別のアメリカ企業では、マーベル・コミックで倒さなければならない宿敵3人を、会社が生き残るために乗り越えなければならない3つの課題にたとえ、その宿敵3人を倒すのは我々のアベンジャーズ(その会社の各部門のトップたちと言う意味)と話していました。

映画が全世界でヒットしているのもありますが、特にアメリカ系企業ではマーベル・コミック関連の話題は身内言葉を超えて一般常識的な捉えられ方をしている様にも思えます。

右田アンドリュー・ミーハン

事前資料にこの手の話題が書いてあれば良いのですが、事前資料には記載がなくとも、その場でスピーカー(話者)が場を和ませる話題や例として、ポップカルチャーの話を披露する場合があります。

守備範囲(専門範囲)を超えていても、通訳者はその話題に即座に対応しなければなりません。たとえ知らなくても、または知っている話題だとしても、アタマをスグに切り替えないと話を見失ってしまいます。

ですので、話者の話を聞いてスグに判断・反応できる「瞬発力」や、様々な状況に「臨機応変」に対応できるスキルが、通訳者には求められるのです。

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