国際会議や外交、政治の世界で使われる「単語」は、状況や情勢によって日々変化します。今回は前回に引き続き、時事英語をご紹介。国際会議や政治の世界でよく使われる言葉のヒトツ「レジリエンス・Resilience」をどう訳すかについて、通訳/翻訳者目線からご紹介します。( PexelsによるPixabayからの画像)
時事英語
国際会議や外交、政治の世界で使われる「単語」や「言葉」は、状況や情勢によって日々変化します。
前回の本ブログでは時事英語表現として「Decoupling・デカップリング」と「De-risking・デリスキング」をご紹介しました。
今回ご紹介する言葉は「レジリエンス・Resilience」です。報道等を通じて、または会議などで耳にした事がある人もいらっしゃるのではないでしょうか?
この言葉をどう訳すか、通訳/翻訳者目線でご紹介したいと思います。
レジリエンス
Resilience とは
まずは英英辞典で意味を調べてみましょう。
From Cambridge dictionary
resilience noun
https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/resilience
the ability to be happy, successful, etc. again after something difficult or bad has happened:
the ability of a substance to return to its usual shape after being bent, stretched, or pressed:
Business
the quality of being able to return quickly to a previous good condition after problems:
最初の意味は、まるで日本語のことわざ「禍福は糾える縄の如し」の様ですが、ビジネスでの意味も含めると、要は「修復 / 復元するチカラ」と言ったニュアンスを含んだ言葉だとわかります。
Resilience・レジリエンスの日本語訳は、以下の通りです。
コトバンク / 知恵蔵miniの解説より
https://kotobank.jp/word/%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9-674159
英語で「弾力」や「復元力」、「回復力」を意味する言葉。外からの圧力を指す「ストレス」とともに元来は物理学の用語として用いられていたが、人間の精神衛生について説明するのにも有効であるとして、のちに精神医学や心理学の分野でも使われるようになった。
また コトバンク / 人事労務用語辞典 の解説には「レジリエンスの概念は、個人から企業や行政などの組織・システムにいたるまで、社会のあらゆるレベルにおいて備えておくべきリスク対応能力・危機管理能力としても注目を集めています」とも書かれています。
つまり、元々は物理学から発生した言葉ですが、心理学や精神医学分野での使用を経て、現在では組織や社会の状態など、幅広い分野で使われている言葉である事がわかります。
このアニメーション動画は2014年に公開されています。世界的に使われる様になった言葉「Resilience・レジリエンス」の概念を、アニメーション化した内容になっています。
この動画を見ると「Resilience・レジリエンス」には、単なる「復元」や「回復」だけではなく、背後に「お互いが協力しあって、状況に適応し、問題を解決する」と言ったニュアンスが含まれている事がわかります。
因みに、2013年 世界経済フォーラム(ダボス会議)のメインテーマは「Resilience・レジリエンス」でした。
この時「Resilience・レジリエンス」がメインテーマとなった理由は、経済危機や、東日本大震災等を含む大規模な自然災害、環境破壊による地球温暖化、サイバー攻撃などを世界が経験。
グローバル化により問題が発生した国だけではなく、複数の国や世界に及ぼす影響が大きい事、そして、その問題のいち早い解決と立ち直る事の重要性が、世界の共通認識となったからです。
「新型コロナウイルス」によるパンデミックを経験した現在、「Resilience・レジリエンス」の重要性は、さらに一層 高まっていると言えるでしょう。
レジリエンス は
どの様に使われているか
「レジリエンス」は、日本語でもカタカナ表記で使われている事が多いです。では、どの様なシチュエーションで使われているのか、幾つかの記事の見出しをチェックしてみましょう。
- 規則やマニュアルが組織のレジリエンスを高める?従業員の自発的な行動や提案を促す、ルール設計・運用のポイント(日本の人事部 2023/07/11)
- 停止できない業務に“回復力”を セキュリティ対策「サイバーレジリエンス」とは 金融業界を例に解説(ITmedia News 2023年03月24日)
- 東日本大震災から今年で12年。今考えたい「災害レジリエンス」(@S 静岡新聞 SBS 2023年3月15日)
企業の人事、組織の在り方、経済、IT、災害、健康、ストレス対策、人間関係など、様々な分野で「レジリエンス」は使われていました。
意味としては、先ほど紹介した「復元力」や「修復チカラ」「回復力」的なニュアンスでの使用、または「立て直し」、時には「適応力」「対応力」と言った意味合いでの使用も見受けられました。
それでは英語の Resilience が使用されているケースを幾つか見てみましょう。
- IMF sees 'pockets of resilience', slowing momentum in global economy(Reuters July 14, 2023)
- Startups Under Fire: The Remarkable Resilience of Ukraine’s Tech Sector(Wired JUL 17, 2023)
- Green Climate Fund approves $22.4 million towards building climate resilience in Haiti's Trois-Rivières region(United Nations Development Programme JULY 11, 2023)
英語でも、このほか メンタル・ヘルスや教育など幅広い分野で Resilience は使われていますが、日本での使用ケースよりも、より大きな出来事や分野での使用が多い様な気がしました。新聞等の見出しによる結果なので、その様に感じたのかもしれませんが。
通訳者 視点による
Resilience の 訳し方
修復力、復元力、回復力、対応力、立て直し、適応力 等、文脈によって訳し方が変わる「Resilience・レジリエンス」を、通訳者はどの様に訳しているのか?
弊社代表 通訳者の右田アンドリュー・ミーハンに聞いてみました。
気候変動問題や、地震や津波などの自然災害、ロシア ウクライナ戦争やその一歩手前の緊迫した国家間の状況、新型コロナウイルス等 予期せぬ事態の長期化… 等々
特に去年2022年あたりから、国際会議や閣僚会議は基より、企業での会議などでも、De-risking デリスキング(リンク分散)及び Decoupling デカプリング(ビジネスパートナーや連携先、取引先を、1つあるいはごく少数にとどめず分散、多様化すること)の重要性が、テーマになっている会議案件が増えています。その中で頻繁に使われる言葉の1つに「Resilience レジリエンス」があります。
この言葉を端的に日本語に訳す事は非常に難しいです。様々な日本語に紐づく表現なので、1つだけの「意味」や「表現」を選ぶことはできません。
Resilience は体制=恒常的な国家や社会といった組織や制度、統一的、持続的な組織・制度、長期的な仕組み に使われる場合もありますが、体勢 = 体の構え・勢い・姿勢 等 に使われる場合もあります。また「該当部門・関係部門・対応部門の足腰を鍛える」と言う意味で、カタカナ表記で「レジリエンス」が使われる場合もあります。
通訳をする場合、会議の前に資料をもらい、それを読んで準備をするのですが、案件ごとに「レジリエンス」または Resilience の訳はバラバラです。
通訳者は、その前後の流れを都度汲み取り「レジリエンス」または Resilience を適切な言葉に訳しています。世界的な大事件 / 一大事 があると新しい言葉は必ず生まれます。
リーマンショックの時には Governance ガバナンス=当初は「企業統治」等と訳されていましたが、今はもう「ガバナンス」や「コンプライアンス」、あるいは「コンプラ」等、日本語でも一般的にカタカナ表記で使われています。
また、その後起きた幾つもの不正会計事件からは Accountability アカウンタビリティ= 結果責任 なんて言葉も生まれました。
右田アンドリュー・ミーハン
言葉が使われ出した当初は訳もバラバラだったり、話の流れに即した形でその都度「訳」していくしかないのですが、その内に「訳し方」がある程度定まって来る場合もあります。
しかし Resilience レジリエンス の様な幅広い分野で使われ、多様な意味を含む言葉の場合は、やはり前後の文脈を汲み取って「訳す」ことが、会議や話をスムーズに運ぶためには必要となります。