今回のブログでは日本での裁判における「謝罪」についての考え方の違いや、通訳する際の難しさについて、少しご紹介したいと思います。
金城学院大学文学部 英語英米文化学科 水野 真木子教授 による「司法通訳コラム」より「反省のことばを訳す事の難しさ」や、「付加疑問文を訳す場合、注意したい点」も掲載。司法の場以外でも、日/英訳で気をつけたい事例もご紹介しております。
裁判における
謝罪について
ミーハングループ通訳部門では、訴訟関連や司法関連の通訳を数多く手掛けており、「裁判」に関連する話題として、日本と日本以外の国における「謝罪」についての記事を、当ブログに以前掲載しました。
この記事及び「司法通訳について」の記事でもご紹介していますが、日本の裁判において「謝罪」をするしないは、罪の重さを判断する大きな理由の1つになる場合があります。
しかし文化の違い、または宗教観の違いによって、裁判の場で、日本人が考える「謝罪」をしない人も、日本人以外の場合はある様です。
例えば、日本人の場合、たとえ罪を犯していなくても、周りの人に裁判等にて迷惑をかけている事に対して、謝罪をする事は良くあります。
ミーハングループ Facebook 2020年1月19日投稿記事
しかし日本人以外には、この様な文化的背景や常識はありませんので、謝罪は罪を認めた事と理解し、一切 謝罪の言葉をクチにしない事が多く、その結果、陪審員や裁判官に悪印象を与えてしまう事があるそうです。
また被告人として最後の発言を裁判長から許された場合、日本人だと多くの人が「裁判長のご判断を厳粛に受け止めます」と言った内容をクチにする事も多いそうですが、日本人では無く、特にキリスト教やイスラム教等、一神教を信じている人や、そう言った社会で育った人の場合「神の判断に委ねます」と言う場合があるそうです。
これは意味としては「与えられた運命=罪を厳粛に受け止める」と訳す事は出来ますが、司法通訳では「言った言葉を忠実に訳す」事が、通訳者には求められており、文化的な背景を踏まえた意訳は、公平な立場ではなく、通訳をしている被告人サイドに立つことになる為、出来ません。
こう言った場合、日本の司法の場における文化的違いのアドバイスや、外国人の考えを理解し、より真摯に弁護してくれる日本の弁護士が必要となります。
日本における
謝罪の重要性
裁判に関わらず、日本は「和」を乱す事に対して厳しく対応する傾向が高く、迷惑をかけたことへの謝罪や、気遣い、おもいやりで返す謝罪、社会と言う和の中で生活する人が、風紀を乱した事に対する謝罪を求める場面が多々あります。
しかし日本社会を深く理解していない人に、この考えや文化的背景を理解させるのは容易ではありません。なぜなら、この 「素直」や「迷惑」 と言う言葉は、その時の状況や状態によって意味する内容が変化する言葉だからです。
また「素直」や「迷惑」 を、安易に、直訳的に他言語に訳してしまうと、大きな齟齬を生んでしまう可能性もあります。
もちろん1つ1つの事柄や状況で、説明する事は可能です。しかし「和を乱す事が悪い事である」と言う概念を理解をしなければ、同じような事を繰り返す事になり、例えば職場などで「あの人とは仕事がしづらい」「あの人は周りの迷惑を考えない」と言った、良くない印象を与えてしまう事もあります。
司法通訳コラム
ミーハングループ Facebook では以前(2015年)に、 法と言語学会副会長でもある 金城学院大学文学部 英語英米文化学科 水野 真木子教授 による司法通訳コラムを掲載していました。
そのコラムでも、反省の表現の難しさを紹介しています。
被告人の
反省のことば
日本の裁判では、被告人が反省したかどうかが非常に重視されます。
凶悪事件の裁判では「被告は最後まで反省の言葉を口にしなかった」のように報じられることがあり、日本では「裁判で反省しない」ことにニュースバリューがあるのです。悔悛の情を示すことが刑の減軽につながるのが日本の法廷文化です。
ところが、多くの国ではそうではありません。英米法の国では、裁判の前に罪状認否の手続きがあり、そのときに自分は無罪(not guilty)であると言った人だけが裁判を受けます。
有罪(guilty)であると言う事は、裁判を受ける権利を放棄したことになります。したがって、裁判では無罪であることを主張するので、反省の言葉を口にしないのが普通です。
もちろん、裁判で有罪が確定して量刑手続きになると、手のひらを返したように悔い改めていることをアピールし始める人もいるようですが。外国人の被告人は、日本の法廷では「反省」が重要な要素であることを知らないことが多いです。ですから、弁護人が外国人被告人に日本の事情をきちんと説明して、最後に反省の言葉を述べるように指導する必要が出てきます。
では、そのような指導を受けた外国人被告人が反省の言葉を口にしたとき、通訳人はどのようなことに注意すべきでしょうか。反省や謝罪の表現は国によって異なります。そのまま訳すと「残念です」や「許してください」というような日本語になる表現もあります。
私が行った実験では、同じ外国語の反省の表現に対して、それをそのまま「残念です」と通訳したバージョンと、日本式に「申し訳ありませんでした」と訳したバージョンを模擬裁判員に聞かせました。
その結果、後者のほうが前者に比べ、反省の度合いが高いという印象を模擬裁判員が持ったことがわかりました。
元の言語では十分反省を表しているはずの言葉も、「残念です」という日本語になると日本人の心に響かないのです。自分が捕まって罰を受けることが残念だと言っているようにしか聞こえないのです。
これは、通訳人の訳し方が裁判員の心証に影響を及ぼすことや、反省の言葉は日本人の言語習慣に沿った表現に訳したほうが受け入れられやすいことを示しています。
これとは逆のケースですが、ある裁判で、通訳人が日本の習慣を意識しすぎたのか、被告人本人が謝っていないのに謝罪したように通訳してしまい、それが後で問題になりました。
裁判での被告人質問で、「覚せい剤を密輸した容疑で警察での取り調べを受けていた時にどう感じたかという質問に対し、被告人は I felt very bad. と答えました。
これを通訳人は「大変申し訳なく思いました。」と訳しました。確かに bad には様々なニュアンスがあり、多くの訳し方が可能です。でも、その事件は否認事件で、被告人は覚せい剤の存在を知らなかったと主張しているのです。
そんな被告人が謝罪や反省の言葉を口にすることは、まず考えられません。謝罪や反省ということに関しても、通訳人には正確に状況判断をする能力が求められるのです。
金城学院大学文学部 英語英米文化学科
水野 真木子教授 著
(株)ミーハングループ Facebook 掲載
「司法コラム」より
付加疑問文の
訳し方
日本の裁判では良く「不可疑問文」が用いられます。
「不可疑問文」とは、話者が「〜ですよね?」と相手に同意を求めたり、念を押したりするときに使われる表現の事を言います。
この様な表現は裁判だけではなく、日常生活でも多く用いられますが、これを英語に訳す場合はどの様な表現が適切でしょうか?
この「不可疑問文」の訳しかたについても、金城学院大学文学部 英語英米文化学科 水野 真木子教授「司法通訳コラム」より、ご紹介したいと思います。
反対尋問の際の
付加疑問文
法廷での被告人質問や証人尋問の際、主尋問と反対尋問が行われます。
主尋問は、自分の側が申請する証人や事件本人に対する尋問であり、反対尋問は相手方の証人や事件本人に対する尋問です。主尋問は証人や被告人の口から事件について語ってもらうことが目的なので、質問者は決して誘導してはいけません。
そのため、「あなたが目撃したことについて教えてください」「それからどうなりましたか」「あなたは、そのあとどうしましたか」のようなオープン・クエスチョンが中心になります。
反対尋問ではそれとは逆で、質問者が自分の持っていきたい方向に話を誘導していきます。質問者がストーリーを語るのです。そのため、必然的に「・・・・ということですね。」「・・・でしたね」「・・・・ということで間違いありませんね」のように、付加疑問文が中心になります。
通訳付きの裁判では、このような質問の意図を理解した上で通訳することが重要になります。では、上記のような終助詞「・・ね」で終わる文はどのように英語に通訳されるのでしょうか。私は大学の通訳コースの学生さんやプロの通訳者に協力してもらって、これについての実験を行いました。
その結果、ほとんどの通訳者が英語の tag question (付加疑問文) で訳していました。
例えば「あなたはそこでタバコを吸ったのですね」であれば以下のように訳すケースがほとんどでした。1)You smoked there, didn’t you?
2)You smoked there, right?1)の形は英語では checking tag といい、2)は ratification tag といいます。
日本人が学校などで英語を学ぶときに、英語で1)の形が出てくると、それは「・・(です)ね」という意味であると教わります。そのため、「・・ね」と言われると、日本語母語話者の通訳者はすぐに1)の checking tag を使用してしまいます。
ところが、英語を母語とする通訳者や生活言語が英語である通訳者は、1)のパターンはほとんど使わず、2)のタイプの表現で訳すことが多いようです。私の実験結果でも、そのような傾向が示されました。
調べてみると、肯定文+否定疑問、否定文+肯定疑問の形の checking tag は、英語話者にとっては最も強制の度合いの大きい表現で、無礼に響くこともあるということがわかりました。
法廷での尋問でも、相手を激しく攻撃するような時に使用すると効果的な表現のようです。ですので、通常は「・・・, right?」や「・・・.Is that true?」のような言い方をするのです。
法廷で多用される「・・・ね」を、学校の英語の授業で習った通り、すべて単純に checking tag で置き換えることは、もしかしたら尋問の効果としては問題があるのかもしれません。
金城学院大学文学部 英語英米文化学科
水野 真木子教授 著
(株)ミーハングループ Facebook 掲載
「司法コラム」より
checking tag
ratification tag
水野教授の説明にもあるように、付加疑問文の訳し方については2つの方法があります。
私たちは学校の授業で「それは~(です)ね」の訳し方を、 checking tag を用いた方法、つまり 〇〇〇, didn't you? または 〇〇〇, don't you? と習うので、その様に訳しがちですが、コラムにもある様に「英語話者にとっては最も強制の度合いの大きい表現で、無礼に響くこともある」そうです。
この checking tag は「相手を激しく攻撃するような時に使用すると効果的な表現」との事ですので、裁判はもちろん、日常の場においても適切に checking tag / ratification tag を使い分けないと、誤解はもちろん無用な争いを招きかねません。ご注意下さいませ。
金城学院大学文学部 英語英米文化学科 水野 真木子教授に書いて頂いた「司法通訳コラム」は、不定期にはなりますが、今後 当ブログでも再掲載と言う形でご紹介したいと思います。
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