通訳の仕事において、必要不可欠な要素の1つに「話す」があります。今回のブログでは「放送通訳」を始め、この「話す」ことに関する情報やエピソードを、通訳者の視点からご紹介します。(Gerd AltmannによるPixabayからの画像)
通訳者は「音声」で
訳した内容を伝える
本ブログでも以前ご紹介しましたが、通訳と翻訳は「言語を訳す」以外は、業務内容は 実は大きく異なります。
通訳と翻訳の一番の大きな違いは、訳した内容=言葉を「音声」によって伝えるか、「文字」によって伝えるかです。
通訳者は「音声」によって、訳した内容=言葉を相手に伝えますが、その時に重要となるのが「話し方」です。
例えば 訳の内容が非常に良くても、聞き取りにくい発声や、声のボリュームやトーンが適当ではない 等、相手にとって「訳した内容」が聞きずらく、わかりにくかった場合、トータル評価としては「良くない通訳」となってしまいます。
この相手に伝える技術=発声や話し方、伝え方の事を、通訳業界ではデリバリー / Delivery と呼びます。
※ Delivery この場合は(話の)運び方、話し方、伝え方と言う意味になります。
通訳をする場合、相手は「訳の正確さ」は分らない場合が多いですが、話し方や伝え方の良し悪しの判断は出来ます。
ですので、通訳者は「訳す内容の正確さ」はモチロンですが、相手に分かりやすく、聞きやすい形で「訳した内容」を伝える事が非常に重要となります。
通訳の
オーディション
ここからは、弊社 代表/ 通訳者の右田アンドリュー・ミーハンが実際に経験したエピソード等も交えながらご紹介します。
ニューヨーク等では、大きな案件の通訳の場合 オーディションが実施されることもあるそうです。
このオーディションでは、訳の正確性はもちろんですが、発生や話し方などもチェックされます。
だいぶ前の話ですが、日本企業も絡んだ大きな訴訟案件の通訳オーディションが開かれました。
右田アンドリュー・ミーハン
アメリカでNo.1レベルの優秀な英日通訳者も、このオーディションに参加したのですが、最終的に受かったのは声の綺麗な日本人の女性通訳者でした。
その方は、実力的に劣ってはいませんでしたが、目を見張るほど上手な「訳」をするわけでもありませんでした。でも、声は抜群に綺麗でした。
日本企業 等で「受付」をされている女性が話すような声 と言ったら伝わるでしょうか。
特に日本人の女性通訳者は、濁りのない透き通った、少し高めのトーンで話す方が多く、日本人ではない場合は、低い声で話される方が多い様な気がします。
ですので、彼女の少し高めのトーンで話す綺麗な声は、日本のクライアントに聞き取りやすいと評価されたのかも知れません。
もちろん「綺麗な声」または「良い声」と言うのは人によって異なりますし、「声の質」と言うのは生まれ持ったものでもあります。
しかし、例えば「誰にでも聞き取りやすい声」もあると思います。
自分の声がたとえ一般的に言われる「良い声」では無くても、聞き取りやすいトーン、耳障りの良く聞こえる発声、滑舌の良い話し方 などでカバーする事は出来ますし、それらは訓練で得る事も出来ます。
ですので、くれぐれも「声が良くない」=「良い通訳にはなれない」と短絡的には考えないで下さい。
現在は 有難い事に、YouTube 等に「話し方」や「滑舌」「声の出し方」などについて、レクチャーしてくれる動画 等も沢山投稿されています。こう言ったモノも参考に、練習する事も可能です。
話し方の練習
右田アンドリューは、スイス・ジュネーブ大学(University of Geneva)翻訳通訳学部・博士課程 前期を履修しています。
このジュネーブ大学では、演技学校の先生が来て「発声」や「話し方」を練習する授業もあったそうです。
現在 右田は、この様なレッスンを受けてはいませんが、それでは「聞きやすい話し方」の訓練、日々の勉強はどうしているのか聞いてみました。
日本語の場合、現在は、日本語のラジオや 役者さん等が朗読する podcast、放送大学のゆっくり話す先生の日本語 等を聴いて、聞きやすい日本語、柔らかい物腰の話し方を勉強しています。
右田アンドリュー・ミーハン
私は 暫くニューヨークで通訳をしていたので、日本に戻ってきた時に、日本語の通訳含め話し方等も改めて勉強しようと、NHKグローバルメディアサービス 国際研修室の「英語 通訳・翻訳者 養成講座」に通いました。
社名にNHKを掲げる講座だけに、日本語訳はもちろん「話し方」や「発声」などの鍛え方も徹底しており、おかげで長崎出身の私の日本語も、完全に標準語アクセントになりました。(もちろん通訳 / 仕事外では、長崎弁や関西アクセントで話す場合もありますが。)
ですので英語ネイティブには、日本語のアウトプットを鍛えるのに この講座をいつも勧めてます。
英語の場合も、やはり役者さんが朗読するシェークスピア作品の podcast 等を聴いたりしています。ちなみにこれは英単語の勉強や英語表現の勉強にもすごくなります。
因みに右田オススメの英語のpodcast はコチラです。
https://www.thehamletpodcast.com/
放送通訳
通訳の中でも、特に発声や声のトーン、滑舌 等、話し方 が厳しくチェックされるのが「放送通訳」です。
多くの人が聞く「通訳」になりますので、おのずとチェックは厳しくなりますし、現在はソーシャル・メディア等で「訳の正確性」はもちろん、通訳の「聞きやすさ」なども批判の対象になりがちです。
放送通訳は、ヨーロッパでは media interpreting 、アメリカでは broadcast interpreting とよく呼ばれています。
通訳の形態は2種類あり、1つは生放送での同時通訳、もう1つは収録された内容の同時通訳です。
収録された内容の同時通訳の場合は、事前に収録内容を見て、用語を調べ、文を整え、訳の長さも映像に合わせた上で、本番時に自分のメモを見ながら通訳するので安心です。
しかし、生放送での同時通訳は、初見での通訳になるので本当に大変です。
特に生放送での同時通訳をする場合は緊急の事件や事故、大きな出来事の場合が多いので、情報が錯そうしていたり、媒体(放送局)側もバタバタしている事が多く、いつも以上に神経を図太く持たないと対応できないとのこと。
私もトランプ 元米大統領や、カルロス・ゴーン 元 日産自動車会長の、生放送での同時通訳をしたことありますが、大枠の内容は仮に分っていたとしても、始まってみないと実際には何を話すのか分かりませんから、時間のない中でギリギリまで準備をしたり、過去の出来事を調べたりしています。
右田アンドリュー・ミーハン
でも、そういう案件は緊急事態だけに、当日に依頼が来たりするので、準備時間もほとんどありません。
話をする本人が、端折って話したり、ハイスピードで話したり、支離滅裂に話したりしたら、もうお手上げです。
ですので、日々様々なニュース(特に大きなトピックやニュース等)は、簡単にでも把握しておくことは、イザと言う時の為にも大事なのです。
伝わる通訳の為に
放送通訳だけでなく、会議やイベントでの通訳の場合でも、初めの数分だけ聞いて「通訳」を聞くのを諦める参加者・観客は少なくありません。
これは、通訳者の第一印象が悪いのが理由です。つまり声が聞きづらかったり、話し方が分かりにくかったりすると、早々に諦めてしまうわけです。
ですので、通訳者は「訳の内容」はもちろんですが、話し方や発声、滑舌、声のトーンも「伝わる通訳」をする為には、重要なポイントになります。
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