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放送に適さない英語表現 ~通訳者の視点から~

アメリカ・ワシントンで、2025年4月8日夜に行われた共和党全国下院議員委員会(NRCC)晩餐会での、トランプ大統領の演説で使われた表現「Kissing my ass」は、報道に関わる翻訳者や通訳者の頭を悩ませました。今回の記事では、この表現を各メディアがどの様に日本語に訳したかを中心にご紹介します。Ralf RuppertによるPixabayからの画像)

Kissing my ass

まさか、こんな表現をアメリカ大統領がクチにするとは...と、耳を疑った方も多いと思います。

この Kissing my ass は、アメリカ・ワシントンで 2025年4月8日夜 共和党全国下院議員委員会(NRCC)晩餐会にて行われた、トランプ大統領の演説内で使われた言葉です。

掲載した動画のサムネイルでは一部を伏字に、動画内でも音声を聞こえない様にする「ピー」と言う音が入っています。

それくらい Kissing my ass または Kiss my ass は放送や報道に不適切な表現になります。

From Longman Dictionary of Contemporary English

kiss my ass
American English informal not polite an insulting expression used to show that you do not respect someone

https://www.ldoceonline.com/dictionary/kiss-my-ass

類似する表現で言えば、少しニュアンスが異なりますが lick someone's boots があげられます。

日本語でも「靴をなめる」と言いますが「過度に・偽善で(人)を褒めそやす、(人)にお世辞を言う、(人)にこびへつらう」という意味があります。

日本語メディアの訳

共和党全国下院議員委員会(NRCC)晩餐会での、トランプ大統領の演説で使われた放送や報道に適さない表現。

この英語表現をどう日本語に訳すか?報道機関に関わる多くの人は頭を悩ませたことでしょう。

朝日新聞では、この表現の箇所を2つのパートに分けて紹介しています。

朝日新聞
相互関税13時間後の大転換 トランプ氏が無視できなかった「警告」(有料記事)

トランプ氏は共和党議員を前にした演説で「どうか、どうか、取引を成立させてください。何でもしますから」とふざけて言うと、会場から笑いが起きた。

関税措置の軽減を米政権に懇願する各国首脳の様子の物まねをしたのだった。「彼らは我々に電話をかけてきて、私の尻にキスをしている」などと下品な言い回しも使った。

https://www.asahi.com/articles/AST4B13ZTT4BUHBI01BM.html

NHKのニュースでは、同表現を「ごますり」と訳した上で、日本語字幕の上に kissing my ass と英語も表示。

ソーシャルメディア上では「ごますりとは随分と上品な翻訳」等といった投稿が相次ぎました。

「トランプ関税」でトランプ大統領が発言した「下品ワード」、日本だと「極めて無礼」と眉をひそめるが米国民は「こういう大統領」を求めてたのかも(2025年4月11日 Togetter)

またテレビ朝日のニュース映像では、発言箇所の字幕を「どの国も電話越しにひれ伏し、必死に取引したがっている。『どうか取引してください。なんでもします』」としています。

中国の工場には「製品作らないで」 米中貿易戦争は泥沼化…中国が対米関税84%へ(2025年4月10日 テレ朝news)

そしてロイターの日本語版では Kissing my ass を「私に媚びへつらっている」と訳しました。

「世界中の国々が媚びへつらっている」「取引がしたくて必死」 トランプ氏、自らの交渉術を自賛 米共和党の晩餐会で(2025年4月10日 Reuters/Yahoo Japan)

言葉に込められた
ニュアンス

どの訳も、各放送局・報道機関で翻訳を担当された方々が頭を悩ませ、訳した表現ですので、間違いではありません。

しかし、その発言前後の声色、態度、どの様な文脈での発言だったかを考えると、どの訳も「上品」に映ってしまう気もします。

つまり 他の言語を訳す場合、完全に一致する意味の表現が訳す言葉にないケースもありますし、言い方や、声色、その発言をした時の表情や態度、文脈、込められた意味やニュアンスによって、訳し方が変わることもあるのです。

さらに、そういった表現を「場」や「媒体」に適した訳にするのは、本当に大変です。

因みに Kissing my ass の訳をChat gptに聞いたところ、以下の様な回答を得ましたので、ご参考までにご紹介します。

「Kissing my ass」は直訳すると「私のお尻にキスする」ですが、実際の意味はもっとスラング的で、文脈によってかなりニュアンスが変わります。よくある意味は

  • バカにしてる、なめてる、へつらってる
    →「ご機嫌取りしてる」「ゴマすってる」みたいな感じ。
  • うるせえ、ほっとけ(命令形 "Kiss my ass!" の場合)
    →「黙れよ」「ふざけんな」「くたばれ」など、相手に対する強い拒絶や怒りの表現。

例文:

  • He's always kissing the boss's ass.
    →「あいつ、いつも上司にゴマすってるよな。」
  • You don't like it? Kiss my ass!
    →「気に入らない?知るかよ、黙ってろ。」

https://chatgpt.com

通訳者からのTips

政治における演説やインタビューでの、悪口、揶揄、中傷的な言葉は、それを言った人の立場を考えながら、公平に通訳することが大事です。

これは私が法廷通訳をしてる時にいつも注意している事で、中立な立場にある通訳者のテクニックの1つでもあります。

また、日本で放送通訳をする場合は「放送法 第4条」も把握しておくことは大事です。

放送法 第二章 放送番組の編集等に関する通則 第4条 国内放送等の放送番組の編集等 では、番組編集について「公安及び善良な風俗を害しない」「政治的に公平である」「報道は事実をまげないでする」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする」と4つの基本方針を定めています。

最終的な判断は、放送局 または 番組制作を担う人々が判断する事になりますが、この放送法 第4条も踏まえて日本語訳の表現を考えることも大事です。

右田アンドリュー・ミーハン

放送に適さない言葉を
どう訳すか?

以下動画は2017年に放送された、アメリカのThe Daily Showの「トランプ大統領の発言をどう訳すか?」と言うインタビューになります。

番組では、トランプ大統領が使った表現をダイレクトに訳すと、各国の放送禁止用語や放送に適さない言葉のルールにひっかかる事があり、それらの表現をどの様に訳すか?と言う質問もしており、日本語通訳者・鶴田知佳子さん含め 各国語の通訳者が出演し、トランプ大統領の発言を訳すさいの難しさについて答えています。

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