ニュース ブログ 翻訳 言語 通訳

スポーツ賭博に関する会見 ~通訳者の視点から~

元通訳者の水原一平氏が、違法なスポーツ賭博に関わっていたとされる問題で、2024年3月26日(現地時間)ドジャース 大谷翔平選手は、メディアの前で自ら声明を発表しました。今回のブログでは、この声明に対するネットや世間の反応、特に「通訳」についての様々な意見や反応について、少し説明・ご紹介したいと思います。PDPicsによるPixabayからの画像)

大谷選手の会見での
通訳に対する
ネットや世間の反応

Shohei Ohtani press conference: Dodgers star addresses Ippei Mizuhara's gambling & purported lies / Dodger Blue YouTube channel

ドジャース 大谷翔平選手は、2024年3月26日(現地時間)元通訳者の水原一平氏が違法なスポーツ賭博に関わっていたとされる問題で、メディアの前で自ら声明を発表しました。

この会見に同席した通訳者は ウィル・アイアトン / Will Ireton さん。

2016年 ロサンゼルス・ドジャースと契約した前田健太選手の通訳としてドジャースに参加。2022年からはドジャースのパフォーマンス・オペレーション主任としてチームに帯同し、データ分析を担当している人物です。

Los Angels Times が 大谷選手の新通訳者を紹介する記事の見出しに使っている Will the Thrill は、ウィル・アイアトン / Will Ireton 氏の名前とかけた表現で、「ワクワクの代名詞のウィル / エキサイトの代名詞のウィル」と言った意味になります。

また、Number Web の記事ではアイアトン氏の事を【野球に関しては「ガチ勢」】と紹介。英語で「野球のガチ勢」を表現する場合は、hardcore, diehard, ardent fan of baseball などと言うことが出来ます。

このウィル・アイアトン氏が通訳した 3月26日の会見については、様々な意見が会見後すぐにソーシャルメディアで飛び交った他、多くの日本のメディアも取り上げました。

大谷翔平 自身の関与否定 水原氏の賭博問題 (2024年3月26日 NHK News Web)

本ブログでは、この会見に対する反応の中で「通訳者」及び「通訳内容」に対する反応に的を絞り、幾つか説明・紹介したいと思います。

同時通訳ではなく
逐次通訳

まず 気になったのが、アイアトン氏の通訳を「同時通訳」と書いた、ソーシャルメディアの投稿が幾つかあった事です。

もちろん、世の中 通訳に詳しい人ばかりではないので、間違っても仕方がないですが、アイアトン氏が行った通訳は、「同時」ではなく「逐次通訳(ちくじつうやく)」と呼ばれるスタイルの通訳です。

「逐次通訳」では、通訳者は 話をする人=話者(スピーカー)の横や隣、近くに待機しており、話が一区切りついたら、その内容を都度=逐次(ちくじ)訳していきます。

「同時通訳」の場合は、会見の壇上や話者(スピーカー)の隣や近くなど、会見等に参加した人から見える位置に通訳者が居る事はほとんどありません。

ですので、話者(スピーカー)の近くに通訳者が居る場合は、大抵は「逐次通訳」が行われると判断する事が出来ます。

では「同時通訳」の場合、通訳者はどこに居るかと言うと、テレビ放送等の場合は、通訳者は放送局に居る事が多いです。テレビを視聴している人たちは、音声を通じて「同時通訳」された内容を、話者(スピーカー)が話しているのと ほぼ同じタイミングで聞く事が出来ます。

また、会見や会議などでの「同時通訳」の場合は、通訳者は「通訳ブース」と呼ばれるブースの中でモニター等を見つつ、檀上、またはステージ上で話者(スピーカー)が話すのと「同時」に、話の内容を通訳します。

会見/会議に参加している人たちは、事前にイヤフォンやヘッドフォンを渡され、それを通じて同時通訳者が訳した内容を、話者(スピーカー)が話しているのと「ほぼ同時」に聞く事が出来ます。

大きな国際会議場の常設・同時通訳ブース一例

コチラは小さな会議場での、仮設同時通訳ブースの一例

※ウィスパリング通訳

参加者の少ない会議や、少数の人だけ「通訳」が必要な場合、ウィスパリングと呼ばれる通訳が行われる事があります。話者(スピーカー)が話を始めたら、通訳を必要とする人の近くで、通訳者が「ささやき声=ウィスパリング」で、話の内容を同時に訳すスタイルです。

ウィスパリング通訳の場合は、同時通訳ですが、その場に参加した人達から見える位置に、通訳者は配置されます。

通訳内容に賛否両論

今回の会見でのアイアトン氏の通訳内容については、驚くほど多くの人が反応。通訳内容全文をわざわざ書き起こして、事細かいチェックをする人も居るなど、賛否両論を巻き起こしました。

以下 デイリー新潮の記事では、幼少期からスイスで英語教育を受け、現在は大手IT企業の海外駐在員を務める方が、大谷選手の元通訳者 水原一平氏、そしてウィル・アイアトン氏の通訳について、細かくチェック・評価しています。

※記事は前後編にて構成されています。前編・水原一平氏の通訳評価の記事は、以下記事内のリンクよりアクセス可能です。

大谷翔平の新通訳「アイアトン氏」に絶賛の嵐も…注目会見であらわになった“2つの危うさ”(2024年04月03日 デイリー新潮)

上記 記事だけの話ではありませんが、これだけ「通訳内容」に注目が集まる理由は、多くの人が「大谷選手の言葉が、正確にアメリカ側にも伝わってほしい」と思っているからなのでしょう。

また、アイアトン氏の通訳内容が、今後のスポーツ賭博の捜査に影響を及ぼす可能性や、大谷選手に対する疑惑やイメージにも影響を与えることを憂慮した結果でもあるとも思います。

そういった心情や心理は理解できますが、的確な批判はともかく、ここまで「通訳内容」を細かく分析してアレコレ言うのは、いかがなものだろうか?とも正直 思います。

今回の大谷選手の会見だけではなく、注目を集めた会見等の後、訳の内容について事細かに分析をしたり、ソーシャルメディアで非難される最近の現象は、通訳者/翻訳者を悩ませることでもあります。

「誤訳をしない」「話された言葉を正確に訳す」と言うことは、プロとして最低限かつ当然求められることではありますが、当事者でもない人から「重箱の隅をつつく様な」細かい表現まであげられ、非難される状況は、ある種の Internet bullying / ネットにおけるいじめや嫌がらせ ではないか?と言う意見もあり、海外の通訳/翻訳業界では問題視もされています。

アイアトン氏は
データ分析を担当

アイアトン氏の経歴については、先ほど少し触れましたが、彼は現在「暫定的」に大谷選手の通訳を務めていますが、ドジャースにおける本来の業務はパフォーマンス・オペレーション主任で、データ分析を担当しています。

アイアトン氏は、以前には前田健太選手の通訳を務められていますし、東京生まれでもありますから、言語だけではなく、日本人の感覚や心理についても理解をされてる方だと思います。

また、野球の経験も豊富ですから、野球に関連した通訳であれば何も問題ないでしょう。

しかし、今回の会見は「野球外」での出来事に関する内容で、かつ捜査に影響が出ない様にしつつ、大谷選手の立場にも配慮をしなければならないと言う 複雑な状況下にありました。

会見は「用意された原稿に基づいた声明の発表のみ、記者からの質問対応はナシ」でしたが、大谷選手は無感情に原稿を読み上げた訳ではなく、言葉には様々なニュアンスを込めていました。もしかしたら原稿にない内容も多少追加、自分の気持ちに基づき話したかも知れません。

そんな 大谷選手の心情や、言葉の微妙なニュアンスを即座に汲み取り、通訳すると言う大役を、多くの人が注目する会見で急遽務める事になったアイアトン氏。その緊張たるやいか程であったか...

筆者個人としては「なぜ この類の会見に慣れた通訳者を、ドジャースまたは大谷選手の代理人や広報担当者は手配しなかったのか?」と疑問に思わないわけでは無いですし、細かい事を言い出したらキリがありませんが、アイアトン氏の通訳は、大きなミスや誤訳もありませんでしたし、ネットやメディアから ここまでアレコレ言われる内容だったとは思いません。

皆様は、このアイアトン氏の会見における通訳に対する世間の反応を、どの様に思われましたでしょうか?

因みに大谷選手の会見での対応については、以下の様な記事も出ています。

ドジャース大谷 自ら連れてきた通訳の賭博醜聞なのに「謝罪ひとつナシ」の深謀遠慮(2024/04/01 日刊ゲンダイ)

記事では、日本の会見では良く使われる「お騒がせして申し訳ありません」等の謝罪の言葉を、大谷選手が会見でクチにしなかった理由を紹介しています。

これは正しくアメリカと日本、英語世界と日本語社会の「謝罪の在り方」の違いを表していると思います。

通訳 の種類

このブログでは、何度か「通訳者や翻訳者には様々な種類がある」ことを紹介してきました。

もちろん、1つの業界・業種だけや、1つの種類の通訳だけを行っている通訳者 / 翻訳者と言うのは少なく、多くの通訳者 / 翻訳者は、幾つかの業種や業界、種類の通訳 / 翻訳に対応しています。

それでも「専門」と言うか、得意な業界・業種、種類と言うのはありますし、兼任する場合も、近い業界や業種の通訳 / 翻訳をする事が多いです。

例えば、日頃 音楽業界系の通訳や翻訳を主にしている人が、対応する言語がわかる(話せる)とは言え、いきなり裁判や警察の通訳 / 翻訳をしろと言われても、いつも裁判や警察の通訳 / 翻訳をしている人と比べたら、質が落ちたり、誤訳や間違いが発生する可能性は高くなります。

音楽業界系を主に手掛けている通訳や翻訳者の場合、近い業界、例えば映画業界系のイベントや取材の通訳や、記事の翻訳であれば無難にこなせることが多いです。

しかし、映画やドラマなどの字幕翻訳の場合だと、通常の翻訳とは異なる制約=1秒当たり表示出来る文字数や、1行辺りの表示できる文字数、1画面に表示できる行数や時間制限 等があり、さらに専用の機器が必要となる場合もある為、字幕翻訳を専門に勉強・手掛けている人以外は、スグに対応する事は出来ません。

対応する言語に精通していることは、通訳者 / 翻訳者には必須のスキルですが、業界・業種・種類・内容により、言語以外の専門スキルや知識も、通訳者 / 翻訳者は求められます。

スポーツ選手の専任通訳

スポーツ選手に帯同する通訳者と言うのは、ほかの通訳者とは異なり、若干特殊な部分があります。

多くの一般的な通訳者は、語学についての勉強や通訳についての専門的な勉強を行った後に、社内の通訳者などの経験を経て、フリーランスの通訳者として活躍する事が多いです。

また、司法や医療など専門知識を要する通訳者の場合、司法機関や医療機関で働いた経験がある人が、語学の勉強を重ね、通訳者として活動をする場合もあります。

スポーツ選手の通訳者の場合、司法や医療通訳者等と同様で、高い語学スキルは必要ですが、通訳する選手が行うスポーツに対する知識や、業界に対する専門知識も必要となる為、同じスポーツの経験者であったり、何らかのスポーツの経験がある人が、通訳を務める事が多いです。

大谷選手の元通訳者 水原一平氏が、違法なスポーツ賭博に関わっていたとされる問題の報道では、MLB選手の専任通訳者が担う業務範囲なども紹介されていましたが、これは個々の選手と通訳者により、対応する範囲は様々です。

球場内でのコミュニケーション・サポートはもちろん、メディア対応や、仕事に関連する書類の翻訳や対応、さらには言葉も現地の生活にも不慣れな 選手の生活全般に関わり、食事や娯楽の手配や、時には家族のサポートも担う、ある種 秘書の様な役割を果たす通訳者もMLBにはいるとの事。

これは、他のスポーツ選手の場合でもあり得る話ではありますが、選手が所属するチームが手配した通訳者なのか、代理人が手配した通訳者、または選手個人が契約した通訳者なのかによっても、担う業務内容・範囲は異なりますし、先ほども書きましたが個々の選手と通訳者によっても異なります。

また、費用も対応する業務内容や範囲、契約内容によって異なります。

しかし、スポーツ選手の専任通訳者の様な、24時間体制でクライアントの言語に関わる全ての事柄や生活全般に関わる通訳業務は、他に余りありません。

随行通訳(リエーゾン通訳)と呼ばれる通訳者は、要人やスター等の通訳者として様々な場に随行し、通訳を行いますが、ここまで「通訳外」の業務対応を求められる事はありません。

とは言え、例えば通訳を依頼された、会議等に参加する為 日本に来たクライアントから、プライベートで行きたいのでオススメのレストランを紹介して欲しいや、行きたいイベントがあるので予約をして欲しい等と言ったお願いをされる事はありますし、クライアントの家族も同行した場合は、家族の言語サポートや、彼らのリクリエーションの手配などをお願いされる事も、全くない訳ではありません。

これに関しては、どこまで対応するのか、別途料金を発生させるのか、サービスまたは個人的好意としてサポートするか....等々、悩ましいところでもあります。

関連記事

-ニュース, ブログ, 翻訳, 言語, 通訳
-, , ,