通訳や翻訳の仕事は「Aと言う言語をBと言う言語に訳す」ことが基本となっていますが、この「訳す」と言う行為は「単に言葉を置き換える」だけではありません。今回のブログでは、英語と日本語のケースを例に、言語の特性の違いや、訳す場合の注意点などについて、通訳者/翻訳者の視点からご紹介したいと思います。(Gerd AltmannによるPixabayからの画像)
日本語と英語の違い
日本語と英語 それぞれの言語が持つ「特性」について、書籍「二ホンという病」(発行・日刊現代/発売・講談社)の中で、解剖学者の養老孟司さんと精神科医の名越康文さんが興味深いやり取りをしています。
日刊ゲンダイDIGITAL にて、その内容が一部紹介されていたので、リンク及び一部引用にてご紹介したいと思います。
養老孟司氏が豪州でぶち当たった「日本語」の不自由さ 日本人は気持ちに嘘をつけない?(2023/07/07 日刊ゲンダイDIGITAL)
養老 最近、日本語が気になるんですね。日本語ってわりあい、そういう雰囲気とか忖度とかよく表現できて、そう言うと絶対に誤解されるんだけど、客観性とか記述とか、ドキュメントに向かない。
オーストラリアにいた時に交通事故に巻き込まれたことがあるんです。人身事故ですから警察に「自分の子がけがをした」と調書を出さないといけない。その文章を書く時に何をしたかというと、現場を見に行きましたよ。日本でそういう調書を書かないといけないとすると、上手につじつま合わせて書くでしょう。英語が不自由だということもありますが、英語って困った言葉だなと思ったのは、具体的な現場を見て書かないと書けないように文章ができているんですよ。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/325059
このやり取りを非常に簡単にまとめるとすると、日本語は「自分の気持ちに言葉が近く 情緒的」な特性があり、英語は「起こった出来事に言葉や表現が比較的近く 客観的」な特性があると言う事です。
以下記事にも書きましたが、謝罪についての考え方が、アメリカに代表される英語圏やヨーロッパの国々と、日本では全く異なる事は、知られている事かと思います。
良く言われるのは「欧米諸国の人は、自分に非が無いと絶対に謝らない」や、「最初に理由を説明してから謝る」等ではないでしょうか。
これに対して日本の場合「責任の有無や、理由が不明でもまずは謝る事が大事」な傾向があると思います。
これも、日本語は「自分の気持ちに言葉が近く 情緒的」な特性があり、英語は「起こった出来事に言葉や表現が比較的近く 客観的」な特性があると考えると、納得しやすいのではないでしょうか。
このように特性が違う言語を、単に置き換えたところで「話者(または書き手)が伝えようとしている真意」は伝わりません。
それらを汲み取って訳す=話者(または書き手)が伝えようとしている真意を理解して訳し、聞き手や読み手に伝える事が、通訳者及び翻訳者には求められます。
習慣化した
日本語の英訳
言葉の特性の違い以外にも、習慣の違いにより「直訳」出来ない言葉も沢山あります。
例として、日本語でよく使われる「お疲れ様」そして「よろしくお願いします」の英語訳について、ミーハングループ代表で現役 英日 通訳/翻訳者である右田アンドリュー・ミーハンに説明してもらいました。
お疲れ様
日本語の「お疲れ様」に該当する言葉は、英語にはないと言われていますが、なくもありません。
日本語の「お疲れ様」は、そもそも「一生懸命に仕事をしてる人」に対して、労いの為に言う言葉ですよね。
「真面目に仕事してない人」にも「腹立つ上司」にも言う事はありますが、それはあくまで「挨拶」的な感じ=心を込めず・テキトーに・習慣的に言ってる事が多いと思います。
「お疲れ様」本来の意味=労をねぎらう為に言う言葉は英語にもあります。
直訳の場合は I respect your work ethics 要するに仕事ぶりを評価するフレーズですが、日常会話の中で使われる事はまずありません。
例えば会社を出る際に言う「お疲れ様です」は Get some rest / enjoy your evening / thanks for your help 等 が、ニュアンス的に一番近いのではないでしょうか。
よろしくお願いします
日本語の「よろしくお願いします」ほど、便利な言葉はありません。
こんなに「どんな場面でもオールマイティ」に使える言葉は英語にはありませんが、「よろしくお願いします」と言った状況にあわせて、言葉を選べば「英訳」する事も出来ます。
例えば、会話の始めなどに「初めまして よろしくお願いします」と言った場合は Pleased to meet you 。
商談などの最後に「(これから一緒にする仕事で)よろしくお願します」と言う場合は We or I look forward to our collaboration など。
※この例では collaboration としましたが、話の中身に合わせて、述語部分は都度 言葉を選ぶ必要があります。
つまり「その言葉」に込められた真の意味を理解すれば、訳す事が出来ます。
右田アンドリュー・ミーハン
ミーハングループのモットーである「言語だけに留まらない 文化・ビジネス・心の橋渡し」には、そう言った意味も込められています。
文化の違い
食事の際に日本では、食べる前には「いただきます」食べた後には「ご馳走様」と言うのが一般的です。
「いただきます」には「命を頂く」と言った自然や生き物への感謝、また食材の生産者や食事を作ってくれた人への感謝が込められていると言われています。
「ご馳走様」の「馳走」は仏教用語にもあり、「韋駄天」という足の速い神様が、お釈迦様のために駆け回って食材を集めてきたという話に由来する言葉とのこと。
参考記事:何げない日常に潜む日本の文化 ~「いただきます」「ごちそうさま」編~(伝教大師最澄1200年魅力交流 コミュニケーションサイト「いろり」)
この「いただきます」「ご馳走様」に、完全に合致する言葉は英語にはありません。
これは文化(宗教)の違いがあるからです。
しかし、例えば キリスト教徒の場合(宗派によっても違いはありますが)、食事をする前にテーブルに座る人の中で一番偉い人(またはホスト)が、say grace (+神様への感謝の言葉等)を言って、テーブルに座る人全員が目を瞑ってお祈りをする事もあります。
また食事の後に席を立つ場合は may I be excused と言って席を離れる習慣もあります。
こうした文化(宗教)や常識の違いにより生まれた言葉は、背景情報も多い為 簡単には訳しづらいですが、要は「習慣」の違いでもあるので、通訳の場合は無理に訳すのではなく「この様な習慣がある」と伝えて終わるケースもあります。