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生麦事件 ~異文化コミュニケーションの視点から~

生麦事件、江戸末期 文久2年8月 現在の神奈川県横浜市鶴見区生麦で起きた、薩摩藩の大名行列に遭遇した英国人たちを同藩士たちが殺傷した事件について、異文化コミュニケーションの視点から、今回はご紹介したいと思います。Hayakawa Shōzan, Public domain, via Wikimedia Commons

生麦事件 概要

歴史の教科書などにも載っている「生麦事件」

江戸末期 文久2年8月21日(1862年9月14日) 現在の神奈川県横浜市鶴見区生麦で起きた、薩摩藩の大名行列に遭遇した英国人たちを同藩士たちが殺傷した事件です。

生麦事件
コトバンク/改訂新版 世界大百科事典より

1862年9月14日(文久2年8月21日),神奈川近郊の生麦村(現,横浜市鶴見区)で薩摩藩士たちが外国人を殺傷した事件。

この日,外国人遊歩許可区域内にある川崎大師の見物に出かけていた騎馬のイギリス人4人が,公武合体と攘夷を幕府にもとめる勅使大原重徳に随行し帰洛途中の島津久光の一行と生麦村で出くわした。

〈下に下に〉の意味もわからずせまい道路で進退きわまっている彼らに,行列に無礼を働いたとして供頭の奈良原喜左衛門が突然斬りつけ,つづいて多数で襲撃した。

避暑と観光のため来日していた上海在留の商人リチャードソンはこの襲撃で殺害され,他の2名も負傷した。

イギリス代理公使ニールは,このため幕府に謝罪と賠償金,薩摩藩に犯人の死刑と賠償金を要求し,幕府は翌年謝罪状を交付し10万ポンド(約40万ドル)を支払ったが,薩摩藩は応じようとせず,懲罰をめざすイギリスとのあいだに薩英戦争(1863)がおこった。執筆者:芝原 拓自

https://kotobank.jp/word/%E7%94%9F%E9%BA%A6%E4%BA%8B%E4%BB%B6-108461

嘉永6年(1853年)マシュー・ペリー率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む、艦船4隻が日本に来航して以来、攘夷論(排外思想)を背景に、日本に在留する外国人を襲撃・殺害する事件は多発していました。

初代駐日領事に任命されたタウンゼント・ハリスの襲撃計画(未遂)や、ハリスの秘書兼通訳を務めたヘンリー・ヒュースケンを薩摩藩士が襲撃する事件(翌日死亡)、イギリス公使館の通訳であったアーネスト・サトウ襲撃事件(護衛の侍が撃退)等、有名・無名に限らず、多くの外国人が幕末期に襲撃・殺害されています。

幕末の外国人襲撃・殺害事件(Wikipedia)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%95%E6%9C%AB%E3%81%AE%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E8%A5%B2%E6%92%83%E3%83%BB%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

Yomigaeru Bakumatsu, Public domain, via Wikimedia Commons

生麦事件が起きた文久2年の12月(1863年1月)には、英国公使館焼き討ち事件も起きています。襲撃したのは高杉晋作を始め、後に外務大臣等を務めた井上馨、初代内閣総理大臣に就任した伊藤博文等12名とされています。

これらは、先ほども書きましたが主に攘夷論(排外主義)に基づき起った事件でした。

しかし生麦事件は、根底に排外的意識があった可能性は否定は出来ませんが、主に「異文化コミュニケーション」が上手く行かなかった事が理由で発生した事件です。

The Namamugi incident

生麦事件は英語では The Namamugi incident と訳される事が多いです。

The Namamugi Incident, 1862: A Chapter in Anglo-Japanese Relations (History Today)
The British in Bakumatsu Japan: The Namamugi Incident (Japan Forward)

英語で事件を表す場合、affair case 等を思い浮かべる方も多いと思いますが、何が違うのか英英辞典でしらべてみました。

from Cambridge dictionary

incident noun
an event that is either unpleasant or unusual:

affair noun
a matter or situation that causes strong public feeling, usually of moral disapproval:

case noun
a problem, a series of events, or a person being dealt with by police, doctors, lawyers, etc.:

incident には異常事態的なニュアンスがあり、affair は公衆を不快にさせる出来事(道徳的に受け入れられない出来事)、case には問題や繰り返し起こる出来事や、警察や医者、弁護士が扱う出来事と言った意味合いがある事がわかります。

また他の辞書にて調べると incident には外交問題につながる出来事と言う意味も含まれています。

つまり The Namamugi incident / 生麦事件は、通常では考えられない、外交問題につながる出来事であったと理解できます。

incident と accident

incident と語感が似た言葉に accident があります。

昨今、この2つの言葉は IT 業界でも「問題発生」に関連して使われる事が多く、その2つの言葉の違いを説明するWebページも多数あります。また医療現場における、この2つの言葉の違いを紹介するページもありました。

因みに accident は英英辞典で調べると、以下意味が出てきます。

from Cambridge dictionary

accident noun
something bad that happens that is not expected or intended and that often damages something or injures someone:

https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/accident

生麦事件が発生した
理由

1877年 / 明治10年出版 早川松山圖「生麦之發殺」
Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由

生麦事件では、薩摩藩士に切りかかられた英国人4人の内、1人は亡くなりましたが、2名は負傷、1人は無傷でした。

彼らはそれぞれ、横浜の外国人居留地や当時アメリカ大使館として使われていた本覚寺 に逃げ込んでいます。

その為、英国人側の証言や薩摩藩士側による証言も多数残っていますが、それぞれの立場により事件に対する見方が異なっている事もある様です。

事実としてわかっている事は、

  • 薩摩藩主島津茂久の父・島津久光の行列に遭遇した英国人4名は、横浜の居留地から川崎大師への観光の為 馬に乗って移動していた。
  • 島津久光の行列に遭遇した際、薩摩藩士たちは英国人4人に対して、下馬して道を譲るよう日本語で言ったが、英国人には伝わっていなかった。
  • 英国人たちは日本語を理解せず、日本の習慣についてもよく知らなかった。
  • 図らずも英国人4人は、島津久光公の籠の近くまで騎乗したまま近づいてしまった。

つまり、この事件が起きた主な理由には「言語の壁」及び「習慣や文化の違いを理解していなかった」が大きく関連していると言えるでしょう。

もちろん、それ以外にも薩摩側の政治的な立場や、幕府の対応、薩摩藩士たちが外国人に対して抱いていた感情や、事件に遭遇した英国人たちが日本人に対して持っていた意識等が、全く関係しなかったとは言い切れません。

しかし、生麦事件が起きる前に島津久光の行列に遭遇したアメリカ人商人のユージン・ヴァン・リード/Eugene Miller Van Reed は、すぐさま下馬した上で馬を道端に寄せ、行列を乱さないように道を譲り、脱帽して礼を示しました。

彼は日本の文化を熟知しており、大名行列を乱す行為がいかに無礼なことであるかを理解していた為、失礼のない様に振舞った結果、行列はヴァン・リードの前を何事もなく通過したとのこと。

生麦事件を後で聞いたヴァン・リードは「彼らは傲慢にふるまった。自らまねいた災難である」と英国人4名を非難する意見を述べているそうです。

※ユージン・ヴァン・リードのエピソードは、時事新報社「後は昔の記」 著者 林董 述 より(※書名のリンクから国立国会図書館デジタルコレクションにある、同書・該当記述がご覧いただけます)

歴史に「もしも」はありませんが、もし彼らが通訳、または日本の文化や常識に詳しいコーディネーターを同行していたら、この様な事態にはならなかったかも知れません。

オーバーツーリズムにより引き起こされる、様々な出来事や問題がテレビやネットのニュースなどでも紹介される事が増えてきている現在。

多くの問題は、異なる国の文化や常識を知らずに起きている事が多いですが、これらの出来事を軽く見ていると、大きな問題にも発展しかねません。

訪日観光客が増加の一途をたどる現在、言語によるコミュニケーションはテクノロジーの発展もあり、翻訳ツールなどを利用する事で以前よりはハードルが下がってきています。

しかし、翻訳アプリは文化や常識の違いをカバーするまでには至っていません。

ミーハングループは「言語だけに留まらない 文化・ビジネス・心の橋渡し」を合言葉に、言葉の背後にある文化や常識の違いも加味した通訳・翻訳にて、これからも皆様の異文化コミュニケーションをサポートしてまいります。

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