最近よく耳にする言葉のひとつ「バイアス」。思い込みや先入観、偏見などと訳される、この「バイアス」が引き起こす通訳/翻訳上の問題について今回は簡単にご紹介します。
Families
お母さんたち?
先日、とある日本のテレビ番組で紹介されていたアメリカの粉ミルク不足問題。
もとの映像はABC(American Broadcasting Company)ニュースからのモノで、映像のタイトルは Families desperate amid baby formula shortage (粉ミルクが不足する中、絶望する家族たち)となっていました。
しかし追加された、日本語のタイトルには「粉ミルクはどこに!お母さんたちは大変」と書かれていました。
きっと翻訳された方は、赤ちゃん(粉ミルク)の話だから家族を「お母さん」と訳したのだと思いますが、果たして赤ちゃん(粉ミルク)不足問題に奔走しているのは、お母さんたちだけなのでしょうか?
因みにイギリス のDaily Mail や Independent の、同じ問題を報じる記事のタイトルにも、家族ではなく「お母さん / Mother」の文字がありました。
- ‘It’s heartbreaking’: Mothers face desperate search for baby formula amid nationwide shortage (Independent)
- Desperate mothers are forced to buy formula they know will make babies sick as an 'unprecedented' shortage leaves shelves bare and prices rocket to $120-a-can due to a national recall and supply crisis(Daily Mail)
Daily Mail や Independent の記事を作成した人は、きっと「これは母親にとって大変な出来事だ」と思って書いているのでしょう。
しかし多くの記事は「母親」だけの問題ではなく、家族、または両親の問題として紹介。記事の見出しもそれを反映した内容になっています。
- Baby formula shortage: Experts urge parents not to make homebrews(BBC)
- A Baby Formula Shortage Leaves Desperate Parents Searching for Food(The NY Times)
- Baby formula shortage costing parents: 'It's a desperate situation for many families'(USA Today)
- U.S. baby formula shortage leaves parents scrambling(The Washington Post)
粉ミルク不足の問題が「お母さんたち」にとってか、「両親」または「家族」にとっての問題か?はさておき、訳す側が「先入観=バイアス」を持って訳してしまうと、誤った印象を与えてしまう事になる場合もあります。
バイアス
冒頭にも書きましたが、最近 耳にする事も増えてきた この「バイアス」という言葉。日本語では「思い込み」や「先入観」「偏見」などと訳される事が多い言葉です。
この「バイアス」を使った言葉で、良く耳にする言葉としては「正常性バイアス」があると思います。
正常性バイアスとは
「正常性バイアス(normalcy bias)」は、心理学の用語です。社会心理学や災害心理学だけでなく、医療用語としても使われます。人間が予期しない事態に対峙したとき、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)が働き、物事を正常の範囲だと自動的に認識する心の働き(メカニズム)を指します。
https://tenki.jp/suppl/m_yamamoto/2015/04/18/3081.html
電圧?織物?偏り?
バイアスには、実は様々な意味があります。デジタル大辞泉では以下4つの意味が紹介されています。
1 織物の布目に対して斜めであること。また、それに沿って裁った布地。
コトバンク デジタル大辞泉
2 「バイアステープ」の略。
3 真空管やトランジスターを適切に作動させるため、その端子間に加える直流電圧。
4㋐社会調査で、回答に偏りを生じさせる要因となるもの。質問文の用語や質問の態度などについていう。
㋑先入観。偏見。
「バイアステープ」は、手芸が趣味の方などはご存知だと思いますが「布目に対して斜めに裁った布テープ」の事です。
Bias
英英辞典で「バイアス/Bias」を調べると、以下意味が紹介されています。
the action of supporting or opposing a particular person or thing in an unfair way, because of allowing personal opinions to influence your judgment:
The Cambridge Dictionary
他にもいくつか意味が紹介されていますが、概ね「思い込み」や「先入観」「偏見」によって判断を誤る事などが大意としては紹介されています。
社会による
思い込み・先入観
「思い込み」や「先入観」「偏見」は、個人の価値観による場合もありますが、それぞれの国の社会的背景が反映された場合も多々あります。
例えば最初にご紹介したアメリカの粉ミルク問題を紹介する見出しを、「家族たち」と訳すか「お母さんたち」と訳すかも、翻訳者個人の「思い込み」だけではなく、メディアや社会の価値観を反映した結果の訳である場合もあります。
ただ、その様なローカライズ(訳す言語の国や地域の文化や習慣、価値観にあわせた訳出)が、結果として、本来の内容とはズレてしまう場合もあります。
通訳や翻訳者個人の「思い込み/先入観=バイアス」による誤りは問題ですが、社会の「思い込み/先入観=バイアス」と、正確な訳出のバランスは、これまた翻訳者/通訳者を悩ませるポイントの1つでもあると言えます。